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兵庫県神戸市
客主体の店に、扱い品のカベなくす
月見山、他店と提携模索へ

月見山公設市場協同組合代表理事

吹田徹治

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事前参加で計画樹立

 大正十二年に、月見山公設市場は開設された。神戸市の西部にあり、市民の台所、近隣最寄り型商業施設として、地元の消費者から親しまれてきた。
 しかし、消費者ニーズの多様化、大型店の進出などで、昭和四十九年をピークに客数が減少、空き店舗も増えて、その機能を果たせなくなっていた。
 五十九年、店内を改装して持ち直したものの、やがて売り上げに陰りがみえた。空き店舗率が二割を超えると、その市場は終わりといわれるが、平成五年、二十四店中八店が空き店舗となり、率は三割を超えた。
「何とかしなければ」「今のままではダメだ」─。残った十六店の商人は知恵を絞り、活性化策を模索した。アンケートをとると、「近くて利用したいが、品ぞろえ面で不満」との声が多かった。
 だれもが「計画を立てよう」ではなく、「必ず活性化させる」という意識をもち、計画を推し進めた。市場の未来像描きをコンサルタントに依頼し、案を出してもらい、それを市場の方針とした。
 活性化の動きはどこでもみられる。しかし、その動きもセルフサービス導入や対面販売、資金負担などで対立し、ざ折することが多い。それは計画ができてから賛否をとるからで、月見山では全員が事前にかかわり、計画を決めていった。

オープン時、4千の客

 この手法は計画推進上の重要ポイントとなった。計画が樹立されることが大事で、計画に乗るか、乗らないかは別問題だからである。それは経営者一人ひとりが自らの資金力や年齢、将来を考えて決める問題である。
 事実、「ジョイエール月見山」はそういう道をたどった。最終的には十六店中、十一店が参加しなかったが、これらの店も計画を進めるうえで協力者だった、といえるだろう。
 七年の大震災により、計画を変更せざるを得なくなった。計画では神戸市の支援が予定されていたが、震災後はそれが絶望的となり、公設市場としての存続さえも困難となった。
 市と協議の結果、公設から民営へと方針が変わった。これに伴い、建物は組合が市から借地し、建設することとなった。当然、資金計画も大幅に改定せざるを得なくなった。
 兵庫県や神戸市、中小企業事業団などの指導の基、災害復旧高度化事業の初の適用対象事業となった。この結果、協同組合施設および設備の必要資金の九〇%までを無利子で借りることができた。とはいえ、組合および組合員も約一億円を自己調達しなければならなかった。
 これは組合員の結束を強める結果となり、月見山という新たな店を誕生させる原動力となった。月見山の運営主体は月見山公設市場協同組合で、組合員は七人。残った五人に新たに一人が加わり、もう一店は有限会社月見山である。
 八年の四月、「ジョイエール月見山」はオープンした。商圏の五割の家屋が全半壊という中で、本当にお客が来るのだろうか、とだれもが心配した。しかし、お客は初日から詰めかけた。数日間は四千人を超えた。

売り上げ、目標を超過

 消費者のライフスタイルや多様化するニーズに応えることがいかに大事か、考えさせられた。活性化前、市場全体の売り上げは一日平均六十〜七十万円。しかし、月見山の目標は同二百四十五万円だった。
 初めは無理と考えていた組合員もいたが、今はそれを大幅に超えている。業態が変わると、こんなに違うものかと、改めて共同化の重要性を再認識している。
 店はあくまでお客のためにある。お客を裏切らず、ニーズを的確にとらえ、お客主体の店づくり、売り場づくりをすることが大事である。従来の市場では、セルフ制にしても取り扱い品を規制していた。しかし、これは売り手の都合ばかりで、お客にとっては迷惑だろう。
 たとえば、玉子豆腐は豆腐、そう菜、練製品各部門のどこが取り扱ってもおかしくない。味、つくり方、価格などの特色を生かし、何種類もあるほうがお客に対しては親切である。選択権はあくまでお客にある。
 また、一部門だけで扱っていると、その商品が売れなくなると、いずれ店先に置かなくなる。その時、お客には当然「月見山には玉子豆腐がない」と映る。品ぞろえに問題を残す。
 組合員は青果、和日配とパン、塩干、練製品とコメ、精肉、鮮魚、そう菜、一般食料品とそれぞれ持ち場があるが、関連・加工商品はボーダーレス化を図り、店内競合を歓迎する売り方をしている。今後ももちろん、続けようと考えている。

仕入れ、販促共同で

 実は活性化前、われわれは販売のプロと思っていた。しかし、お客には受け入れられなくなっていた。市場は衰退していった。商品をチェックする目、調理する腕は確かだったが、実は販売についてはプロでなかったからである。
 そこで、月見山では前市場時代の商店主らが商品チェック、調理などの面で各部門担当にアドバイスする。一方、月見山全体の営業方針については、組合が大手チェーンストアなどのノウハウを取り入れ、客にとって魅力ある売り場づくりに努めている。
 名称は活性化の先輩「ジョイエール宇治川」(宇治川商業協組)からいただいたものである。そして、宇治川とは商品・消耗品仕入れ、販促事業、情報の受発信などを共同で実施し、コストの削減、人的交流などを図っている。
 わずか七組合員の月見山が十、いや二十の力となったように、今後は宇治川とともに、他の共同店舗との提携を模索し、二十の力が三十、五十となるよう努力したい、と考えている。

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