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静岡県静岡市 「個店の商品着目」に、成功の秘けつ 呉服町名店街、“逸品商店街”目指す |
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静岡市商工課商業振興係長 |
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酒井康之 |
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夜なべ談義でアイデア広がる
「僕はかさ張る財布は持たない主義でね」とだれかがいうと、「薄くてカードもたくさん入る財布がほしいね」とだれかがうなづく。また、「ビールのつまみに合うパンがあればいいよね」といえば、「それに地元でとれるわさびが入ったら面白いね」、「スティック状ならもっとおしゃれだね」と次から次にアイデアが広がり、夜遅くまで話し合いが続く。
この風景は、商店主が買う側、使う側に立って「こんな商品があったらいいな」と思うアイデアを出し合いながら、自分たちの商店街で扱っている商品を互いに見直し、より良い商品を創りだすことを目的に、静岡市の呉服町名店街が平成五年度から実施している「商店街一店逸品運動」の検討会議のひとこまである。
今、全国各地で生活様式の多様化や経営者の高齢化、また、大型店の増加などによる競争の激化で、商店街の衰退が問題となっているが、ここに紹介する呉服町名店街の事業は、今後の商店街活性化のひとつの方向を示す取り組みとして、参考となるのではないか。
呉服町名店街を含む静岡市の中心商店街は、徳川家康が隠居地として駿府に移り住んだ時代から商業地として栄え、今日では市内のみならず、県中部地域に百二十万人の商圏を持つ、東海地方を代表する商業地としてにぎわいをみせている。なかでも呉服町名店街はその中心的な存在で、静岡市中心街の代名詞ともなっている。
「一店逸品運動」の先駆け
この呉服町名店街は今までに二度、全国の商業者の大きな注目を集めている。一度目は昭和三十年代前半に、全国に先駆け四階建ての共同店舗化を図ったこと。そして、二度目が平成五年度から実施している「商店街一店逸品運動」で、現在でも年間五十〜六十の商店街関係者が視察に訪れている。
この運動に先立ち、呉服町名店街では二年度に新たな時代環境に対応する商店街づくりを目指した「コミュニティマート構想」を策定し、これに基づき、ハード面の整備として六、七年の二カ年度で、モール整備事業を実施した。アーケードや歩車道のリニューアルとともに、江戸時代の行灯を現代風にアレンジした街路灯や、各種のモニュメント・オブジェの設置などで、大幅なイメージアップを図った。
これと並行して五年度には「商店街の基本は、それを構成する個店の商品の魅力とサービス」であり、そのためには「いかに魅力的な商品をお客さまに提供していくか」という小売業の原点に立ち戻り、足元を見つめ直す作業にとりかかった。
ユニーク「他店の逸品」指摘
最初に実施したのは加盟店の自慢の商品を掘り起こすためのアンケート調査で、ユニークな点はコンサルタントの指導で、仲間の店の商品で優れていると思う商品を指摘させたことである。自分では意識していなくても、第三者が見て素晴らしいと思う「逸品」が商店街にはたくさん隠れていることを気付かせるための手法であった。このアンケートを通じて、商店街の中に独自の商品開発に取り組んでいる若手経営者の存在が明らかになり、その後、この経営者を中心に「一店逸品運動」が大きな高まりをみせたことも、呉服町名店街にとっては大きな収穫であった。
同時に、新たな逸品づくりにも着手した。ここでもまず、自分が気にいっている商品、逸品だと思う商品を買ってきて、互いに紹介することから始められた。食べ物などが多いこともあって、参加者は楽しみながら「逸品」とはどういうものかを理解することができたため、当初は五〜六人でスタートした運動であったが、次第に参加者も増えてきた。従来の商品開発の方法とは異なり、同業者も含めた仲間うちで意見を出し合いながら進めるという方法は、他の参加者の商売に対する考え方などにも触れることができるので、参加者には刺激と新鮮な驚きを与えたようだ。
女性の意見もとり入れへ
冒頭で書いたような熱のこもった会議を月二回のペースで開催し、計二十七回の会議を経て、初年度の五年度には六つの「新逸品」を開発。これにアンケート調査で掘り起こした呉服町全店(七十六店)の「自慢の逸品」を網羅したチラシを三十万部作成し、県中部地域へ配布、同時に逸品フェアを開催した。この運動はマスコミにも大きく取り上げられ市内外に大きな反響を呼ぶとともに、「新逸品」もその多くがヒットし、定番商品となった。
この事業の成功により、それまでは商品開発に関心の低かった商店も積極的に参加するようになり、以来、呉服町名店街では毎年十前後の「新逸品」を開発しながら、年に一回チラシの発行と逸品フェアを実施し、毎回大きな反響を呼んでいる。さらに、九年度からは、地域の生活者からなる「呉服町サポーターズクラブ」を設立した。今後は、生活者、とくに女性の意見やアイデアを取り入れることで、さらに生活者に支持される「逸品商店街」を目指していく考えである。
この事業が成功した要因としては、やる気のある若手経営者と、それを理解し支援してくれた商店街リーダーや優秀なコンサルタントの存在が上げられるが、それ以上に、活性化の方策として、小売業の原点に立ち戻って個店の商品に着目した点が大きいと思う。商店街の活性化には斬新さと多額の投資が必要と考えがちである。しかし、呉服町名店街のように、個店ならではの機動力を活かすことによって、生活者に訴える力のある「逸品」を創り出し、そして「商品で客の呼べる店」を増やすことを目指したことに、大きな意味があるのではないだろうか。
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