aozora.GIF kawa.GIF


tensen.gif

まちづくり待ったなし
大店法の廃止決定で
住民と作業を、商店街超えた組織目指して

大阪市立大学商学部教授

石原武政

tensen.gif


調整、都計などの観点から
 
 いわゆるまちづくり三法が成立したことで、二〇〇〇年(平成十二年)には大規模小売店舗法(大店法)が廃止されることが決定した。大型店の出店調整は、中小小売商の事業活動の機会を確保するためではなく、都市計画と地域の生活環境を確保する観点から行われるようになる。少なくとも、それが今回の政策転換の最大の狙いであるといってよい。
 振り返ってみれば、一九九一年(三年)に大店法が改正され、規制緩和の流れが定着した時点で、商業調整は転換期を迎えていた。大店法はその枠組みを残しはしたものの、地元説明会がいわば通過儀式として位置づけられ、大規模小売店舗審議会(大店審)の主導のもとでの意見聴取会議、意見集約会議が定められた期間の中で開催され、結論が出されていく。定められた手続きに沿って、粛々と進められる出店調整は、八〇年代の地元説明会と事前商調協を中心としたあの激しい運用とは、まったく別ものの感がある。
 法改正が行われた時点で、少なくとも時代の流れが、中小小売商の事業活動の機会の確保から離れつつあることは明らかであった。八〇年代を通して中小小売商は激減し、商店街の景況感は大きく後退し、空き店舗問題も深刻さを増し始めていた。しかも、その傾向は今後も続くことがほとんど確実に予想されていた。大型店の出店を抑制してみても、中小小売商が守られるわけではない。そのことが明らかとなった時点で、流通政策は大きく方向転換を迫られていたのである。

地域社会や住民側から発想

 それは一言でいえば、流通政策を商業者向けに発想するのではなく、地域社会やそこに生活と活動の基盤をもつ住民、企業、労働者の側から考え直すということであった。店舗をかまえた小売業は、ものを効率的に販売するという以上の役割をもっているのではないか。小売業は、それぞれの地域社会ではぐくまれてきたというだけではなく、逆に地域社会そのものを担ってきたのではないか。
 もちろん、中小小売商だけがそうだったというわけではない。伝統的には百貨店も地域の重要な構成員であったし、今では量販店やコンビニエンスストアも、対応の仕方ひとつで地域社会に対して積極的に働きかけるだろう。その側面をもっと積極的に評価するとともに、それを意識的な活動として展開していこうではないか。そう呼びかけたのが商店街を中心としたまちづくりであった。
 それから七年、まちづくりの動きはいくつかの都市で実を結び始めているが、いまだに本格的なまちづくりに着手できていないというのが圧倒的な都市の現実ではないか。粛々とした手続きに沿いながらも、大店法に寄りかかり、店舗面積をカットすることに最後のかすかな意味を見いだしてきた。しかし、それでまちづくりができるわけではない。夢をつなぐ最後の拠り所としての大店法の廃止が決定したことで、まちづくりはいよいよ待ったなしに取り組むべき課題となった。

繁栄してる商店街激減

 商店街を中心としたまちづくりなどといっても、その肝心の商店街の現状はけっして芳しくない。というよりも、むしろますます悲惨の度を強めている。「商店街に明日はあるのか?」「商店街は生き残れるのか?」といった、きびしい問いかけがなされることもある。
 もっとも、こうした過激な問いかけにはさしたる意味があるとも思えない。全国の商店街の数は一万五千とも一万七千ともいわれる。そのすべてがこれからも最盛期のにぎわいを取り戻すことができるなどということは、いかに楽観的な人でも想像することはできないだろう。また逆に、いかに悲観的な人でもすべての商店街が姿を消してしまうなどとは考えないだろう。そもそも、ある商店街が「姿を消す」とはどういう状態を指すのだろうか。商業密度の低下がすなわち商店街の消滅を意味するのだろうか。
 たとえば、各種の調査によれば、「繁栄している」と回答する商店街は激減し、いまやほんの数パーセントにすぎない(グラフ=省略)。商店街の大部分は近隣型ないし地域型の商店街であるが、それらはほとんど例外なく、大量の空き店舗をかかえて苦悩している(表=省略)。国や自治体が空き店舗対策に懸命に取り組んでいるが、それによって空き店舗問題を解消できる商店街はほんの一握りにすぎない。すべての商店街が高い商業密度を求め、高い営業密度を求めてきた。もちろん、それが可能なところもあるが、圧倒的な数の商店街は、空き店舗や空き地を抱えながら、これからの方向を探っていかなければならない。

機能活かしてない中心部

 ここ数年、国や自治体の多くが空き店舗対策に多額の予算を計上するようになったが、それは単に、多くの商店街に空き店舗が目立つようになってきたという理由によるのではない。それならば、もっと早くから空き店舗対策が講じられてしかるべきであった。どのような空き店舗対策が実際にどれだけの効果をもちうるかが、必ずしも明確ではないままに、行政に空き店舗対策の採用を迫ったのは、空き店舗問題がまさに都市の中心商店街にまで及び、それが都市そのものの問題と考えられるようになったからである。
 その意味では、空き店舗問題は商店街に発生した問題ではあるが、けっして商店街だけの問題ではなかった。多くの都市で実施されている空き店舗対策事業は、ほとんど対象を明確に限定してはいないものの、近隣型の商店街が対象として取り上げられることはなく、広域型かせいぜい地域型の商店街が対象になっているのも、けっして理由のないことではない。
 まちづくり三法のひとつとして制定された中心市街地活性化法は、この流れをさらに明確に打ち出した。面として捉えたときの中心部には、実に多くの機能や施設が集積している。百貨店や商店街・飲食店街などの商業施設はもちろん、公共機関、美術館や図書館、映画館や娯楽施設、銀行や旅行代理店などのサービス施設が都市のにぎわいをつくり出す。中心部には歴史的に時間をかけて、そこに集積されてきた多くの機能を活かしていないのではないか。

求められる地域貢献の小売業

 タウン・マネジメントとして強調されようとしているのは、けっして中心部の大規模な再開発ではない。既存の施設をトータルに管理し、全体をコーディネートしながら個々の施設を見直すとともに、不足の施設を導入し、集積のメリットを最大限に引き出そうというのである。TMO(タウンマネジメント機関)はそれを中心的に担う主体として予定されようとしている。
 都市にとって中心部は重要ではあるが、周辺部やそこでの商店街がどうでもよいというわけではもちろんない。このこと自身は強調しておかなければならないが、だからといって周辺部に対しても、中心部と同様の政策的支援が準備されるべきだということにもならない。多くの場合、周辺部は住宅地から構成されているが、それぞれの住宅地にふさわしい商業のあり方が模索されるべきである。多くの街に通用するような、共通の方向やメニューが存在するわけではない。それぞれの地域の歴史と現状に照らした、その街固有の計画とそれに基づく展開が必要になる。
 小売業はそうした街の計画の中にのみ位置づけられる。いま、ここに商店街があるからそれを維持・活性化しなければならないのではなく、この街の買い物施設として、コミュニティ施設として、地域社会に貢献する小売業が求められている。

役割、商品提供だけでない

 新興の住宅団地と高齢化が進んだオールドタウンとでは、期待される小売業の役割は大きく異なるだろう。小売業のない地域など、もちろん考えることはできない。しかし、小売業のあり方は多様である。商店街は小売業のあり方のひとつにすぎないし、その商店街もまたそれぞれの地域に根ざして多様な姿を見せなければならない。
 商店街がそれぞれの地域の中でどのような役割を果たすのか。もちろん、商店街である以上、地域の人びとに商品を提供するという役割があることはいうまでもない。しかし、商店街が果たす役割はそれだけなの? 人びとは住宅という私的な空間の中で、機能的に必要な財や情報を消費するだけで生活しているのではない。好むと好まざるとにかかわらず、人びとは近隣者や他者と交わり、他者が提供し準備する環境と接しながら生活する。このいわば外界との関係いかんが、人びとの生活環境の善し悪しを決定する重要な要素となる。
 もちろん、そのことが地域の人びとに意識的に理解されるとは限らない。それらはあまりにも身近であるために、空気のように意識されないかもしれないし、時には煩わしさのために意識的に遠ざけられるかもしれない。しかしそれでも、人びとの交わりや身近な生活環境の維持が重要な問題であることには変わりはない。その身近な生活環境に商店街がどれだけ応えられるのか。

地域の人びととの交わりを

 ここでは通例の用法にしたがって「商店街」といっているが、より正確には「商店街の構成メンバーとしての商業者」といったほうがよいかもしれない。だが、そういえば、なぜ商業者だけが地域の人びととの交わりや、身近な生活環境にかかわらなければならないのかという反問を受けるかもしれない。
 もちろん、商業者だけがそうすべきだというのではないが、生活時間の大半を地域の中で過ごし、地域と支え合うことによって成立する小売業者には、この問題に積極的に取り組む第一級の理由が存在するし、また小売業をその面から再評価しようという動きは、そのことに多くの人たちが正当性を認めようとしていることを意味している。
 しかし、上に述べたような地域とのかかわりに関する問題は、商業者だけで決められることではない。商業者が何を、どのように人びとに提供するかという問題は、売買取引の問題であり、商業者の側で決定して人びとに投げかけることもできる。しかし、ここでいうような地域とのかかわりは、もっと直接的にその地域の人びと自身の問題である。それらは市場において取り引きされるわけではなく、したがって市場において需要と供給との応答を繰り返すことによって、人びとのニーズが確認できるといった性質のものはない。人びとが求めるものは、あらかじめ計画や行動の中に取り込まれていなければならない。

新方向「地域組織の一部」

 このことは、まちづくりの組織は商業者の組織を超えなければならないことを意味している。伝統的な商店街組織はアーケードやカラー舗装などの環境整備に取り組みながらも、商業者のみによって構成される組織であり、売買取引的な関係における供給者サイドの組織であった。商店街あるいは商業者がまちづくりや地域づくりの中に、新しい方向を見いだそうとすれば、市場における供給者側の組織を超えて、住民や企業、従業者などを広範に含んだ文字通りの地域組織を形成し、自らをその中の一部として位置づけるのでなければならない。
 念のためにいえば、私は商店街組織が無用だといっているのではない。商品の供給が商店街の機能であり、そこでは市場取引が行われるかぎり、供給者側の組織としての商店街組織は必要である。しかし、まちづくりは供給者側からの発想だけでは構想することはできないのであり、それゆえ担い手としての組織もまた供給者側を超えた広範な組織として編成されなければならない。いま、多くの都市で求められていることは、そのような組織づくりを目指して、商業者と住民が具体的な共同作業を開始することではないだろうか。

●前ページへ戻る

●9月号の目次へ