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福島県喜多方市 蔵そしてラーメン、店の密度は全国一 生産七十二億円、特色生かす努力を |
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喜多方市長 |
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飯野陽一郎 |
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喜多方市は、福島県の西部、会津盆地の北部に位置し、豊かな自然に恵まれた、文化薫る田園都市である。明治八年、五つの村が合併し「喜多方町」と改称、昭和二十九年に一町七カ村が合併して「喜多方市」となった。以来、会津北部の中核都市として発展してきた。
人口約三万七千五百、約一万一千世帯、この決して大きいとはいえないまちに、二千六百棟余りの蔵がある。喜多方が広く知られるようになったのは、四十九年にこの蔵が東京の写真展で紹介されたのが発端である。
それにグルメブームが追い風となって、古くから定着していた喜多方独特のラーメンが脚光を浴びることとなった。以来、磐越自動車道の会津乗り入れや、国道一二一号大峠道路の開通などとあいまって、多くの観光客が訪れるようになった。
喜多方ラーメンの歴史は古く、大正十二年ころにはすでに屋台のラーメンがあった、といわれる。昭和の初期には庶民の味として広まり、戦後間もないころ機械打ちの手打ち風ラーメンが作られてからは、「支那そば」「中華そば」として食堂の人気メニューに定着した。現在は百三十店を数えるまでになり、二百八十九人に一軒の密度は全国一ではないかと思う。
ラーメン関係の生産は年間七十二億円に達している。製造(生ラーメン販売、十六業者)五十億円、ラーメン店小売り二十二億円である。
同じ味二つとない百三十店
喜多方ラーメンのおいしさは、ひとつには独特の太く・平たく・縮れのあるメンにある。時間をかけて熟成させることによりコシが強くなり、太く、縮れがあることでスープとメンが絶妙に絡み合い、味を引きだたせる。
二つには良質の水。喜多方は水がよいため、昔から酒・みそ・しょう油などの醸造業が盛んだったが、良質のしょう油・スープをつくる水・メンをゆでる水がうまくマッチングしておいしさが生まれる。三つには何よりも店主と客とのコミュニケーションにより鍛え上げられた味であるということがいえる。
昔、内陸部に位置する喜多方にとって、豚骨や煮干しでつくったスープ、チャーシューの入ったラーメンは貴重なタンパク源であり、庶民の大変なごちそうであった。このため、多くの人たちが競い合って味を作り上げてきた。喜多方ラーメンの味は、百三十軒あっても同じ味はふたつとない。
喜多方という一地方のラーメンが全国ブランドになり得た原点は、何といっても「蔵のまち喜多方」にあるといえる。昭和四十年代の後半、市内の一写真家が当時無用の長物視され、無残に取り壊されていく蔵に一抹の寂しさを感じ、後世に伝えようと写真をとり続け、四十九年に東京で写真展を開催。
生活の中に深く息づいた蔵の姿が見る人に感動を与えることとなり、「蔵のまち喜多方」が知られるきっ掛けとなった。五十年には、NHK総合テレビ新日本紀行で「蔵ずまいの町」として紹介され、このころから市内に観光客の姿が見られるようになった。
マップは隠れたベストセラー
当時は、レストランやファーストフードの店などなかった時代なので、大衆食堂に入りラーメンを食べることとなり、「喜多方のラーメンはうまい!」と口伝えに広まったといえる。その後、蔵とラーメンという一風変わった景観と味の取り合わせが、マスコミの取材対象となって、旅行雑誌・テレビなどで報道されるたびに有名となり、喜多方ラーメンが一躍全国ブランドを確立するまでになった。
行政としても、通過型から滞在型の観光地を目指したときでもあったので、旅行雑誌『るるぶ』の一ページを買い上げ、「喜多方の味“ラーメン”」として掲載するなど、蔵とタイアップさせてラーメンのPRを開始した。蔵の取材に訪れた方々、仕事で訪問された方々などを積極的にラーメン店に案内もした。
また、喜多方ラーメンの名を高め、ブームを持続させるには組織を作ろうということになり、商工会議所、関係業者と相談を進め、六十二年に「蔵のまち喜多方老麺会」を誕生させた。その運営は会員(ラーメン店主)の自主性にゆだね、あくまでも行政は後押しということを基本にした。
以来、会の中でその独特の味を守り、技術の向上を目指す活動とともに、PRを図るためラーメンマップの作成や各種イベントの開催など積極的な活動が行われている。ラーメンマップの需要は、いまでは年間三十五万枚と隠れたベストセラーにもなっている。
伝統産業なども息づく
そのような中、喜多方を訪れる観光客は着実に増え続けて、ついに平成五年からは百万人を超えるまでになった。喜多方の観光は蔵・ラーメンと合わせ、伝統産業などが息づき、適度な規模のまちは散策に適していることから、いまの観光ニーズにマッチし、観光客の増加につながっているものと思われる。
観光客の流入は、ラーメン関係業界はもちろん酒造、漆器、桐製品など地場産品の販路拡大を促すこととなり、まち全体の活性化が図られてきており、何よりも喜多方市の知名度アップは代え難い財産となっている。
観光客の大幅な増加、知名度のアップといいことづくめのような印象がある中で、急激な観光客の流入に十分な対応ができていないなど課題は多い。観光駐車場などの施設整備は進めてはきたものの、後手後手に回らざるを得ない状況にある。
そういったハードの面もさることながら、ソフト面においても、市民の中に観光都市としての意識付けがまだまだ遅れている面があるといえる。
これは喜多方の観光がラーメンブームによって、逆に通過型に拍車を加える結果となり、喜多方の観光が典型的な通過型からくるひずみや、ラーメン業界の一人勝ちと揶揄(やゆ)されるように、全体的になっていないことなどが大きな要因といえる。
観光が「文物、風光などの見聞」から、最近は歴史的風土や町並み、あるいは地方色豊かな生活様式との触れ合いを求める、というような方向に関心が向けられ、内容は質的に深くなってきている。そうした中で、いま、蔵のまち喜多方としての地域の特色を生かす努力が求められている。
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