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産業の振興目的に「泡盛館構想」も 百年古酒熟成化事業を推進 |
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那覇市商工課振興係長 |
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新垣紀夫 |
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本市は銘酒泡盛を百年古酒にする熟成化事業を本年度から始動させた。
泡盛は、長く寝かせば寝かすほど良質な酒になるという特性を持っている。一部酒造所や泡盛愛好家は、すでに熟成化に取り組んでいるが、行政自らが取り組むことによって、泡盛の付加価値を創り出す意義について、広く市民に理解を深めてもらうとともに、泡盛産業の振興に寄与することを目的に実施したものである。
本年度は市内の八酒造所から八石の泡盛を購入し、五月十六日に壷入れ式を行った。
今日泡盛は、品質が向上したこともあって広く親しまれるようになっているが、県外においては他の酒に比べてまだ認知度が低いというのが現状であり、泡盛とはどのような酒なのかについて述べておきたい。
泡盛は十五世紀から十六世紀にかけて「琉球王国」であった沖縄が、東南アジア、とくにタイのコメ蒸留酒技術の強い影響を受けて誕生したといわれている。
泡盛は江戸時代に、琉球王府の庇護(ひご)のもとで磨き抜かれ、とくに薩摩の琉球入り後は、贈答用の高級酒としての地位を確立している。
中国から琉球を訪れた外交使節団は「このようにうまい酒は、いままで口にしたことがない」と激賞し、一八五三、五四年に大艦隊をひきいて琉球を訪れたアメリカのペリー提督は、一升瓶にして三百五十本をもらい、航海中に飲んだと記録されている。このように重宝された近世の泡盛は、長年熟成させた古酒であった。
琉球王府の要職にあった者の家には、古酒を寝かせた蔵があり、「金庫のかぎは下男に預けても、古酒蔵のかぎは必ず主人が持っている」といわれたほど大切にされていたという。こうして戦前までの沖縄には百年、二百年の古酒があったが、五十二年前の戦争ですべて破壊された。
「仕次ぎ」手法でつくる古酒
良い古酒をつくるには、「仕次ぎ」とよばれる手法を用いる。これは数個のかめを年代順に置き、もっとも古い酒をくみ出したら次に古い酒から補充。これを順次行っていく方法である。泡盛の古酒は、この「仕次ぎ」の手法によって、親酒の古酒としての風味を保ちつつ、数百年にわたって熟成することができるのである。
泡盛は、世界に類例のない黒こうじ菌を使用し、シャム米と呼ばれるタイの砕米と水だけで造る、混ぜ物のない純粋な酒。二日酔いしない、翌日に残らないといわれるのは、この純粋さゆえで、健康に良い酒といわれるゆえんである。泡盛は、豚肉を主にした沖縄料理のときに飲む酒だとのイメージがあるが、いろいろな料理にも合う酒である。
ところで、本年度購入した泡盛は、百年間寝かして熟成させる予定であるが、その一部は、二十四年後の二〇二一年の市制施行百周年に開封されることになっている。
泡盛は本市の首里で生まれ育まれ、現在でも本市が主産地だが、泡盛製造業の大部分は小規模事業者。生産量は順調に伸びているが、酒税法の改正などもあって、環境は厳しいものがある。
本市はこのような泡盛産業の現状に積極的に対応し、その振興を図るために、「泡盛館構想」を推進しているところで、古酒熟成化事業もその一環として、先行的に取り組むものである。