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北海道常呂町
苦難の末の「ホタテ王国」
いまや“心の豊かさ”も生む

常呂町水産商工課課長

長谷川 京

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ホタテ養殖の発祥地

 オホーツク海とサロマ湖とを隔てる一本の砂州、この海中へと細長く突き出た砂地は、延々と二十キロ余に及ぶ。砂州の突端に向けて進むと、右がオホーツク海、左がサロマ湖で、国内有数の豊かな漁場が広がる。
 この砂州上に位置するワッカ原生花園は、日本最大の海岸草原である。春から秋にかけて三百種を超える花ばなが咲き香り、その群落の規模の大きさと植生の多様性によって、奇跡の生態系と評せられる。
 平成三年の春、常呂町では「龍宮街道」と呼ばれる砂州上を走る町道を廃止し、車両の乗り入れを規制した。植生環境を保全するためである。先人からの預かりものである大自然を、美田のまま後世へと引き継ぎたいとする、小さな町の大きな誇りが、ひとつの選択を決意させた結果である。
 いま、〈ひとと自然が響きあう〉ようなかかわりを求めて、多くの観光客がサロマ湖を訪れ、車社会の目線では決して気づくことのないままに通り過ぎてきた自然の営みに、そっと耳を傾けている。
 けれども、どこまでも真紅に染まるサロマ湖の夕陽に、祈りにも似たまなざしを向ける人びとのなかに、豊饒(じょう)の湖でもあるサロマ湖が、ホタテ養殖の発祥の地であることを知る人は少ない。

四年輪採と経営協同化

 かつて明治から大正時代にかけて、サロマ湖はカキ貝の一大産地であった。サロマ湖東端の旧湖口は、当時オホーツク海とサロマ湖との海水交流を担う、唯一の湖口であった。冬になるとシケで運ばれる土砂でふさがれる湖口を、春先に人力で土砂を取り除く「汐切り」と呼ばれる作業によって切り開き、サロマ湖の淡水化を防ぎながらのカキ養殖であった。
 だが昭和四年、恩恵にあずからぬ西側の漁民が新湖口の開削を強行し、環境は一変し、サロマ湖のカキ漁は壊滅的な打撃を受けた。繁栄を誇っていた常呂の漁業は、この後、長い貧窮にあえぐこととなった。
 ホタテ養殖の歴史は、昭和八年の木下博士の研究を端緒とする。だが、サロマ湖でのホタテ養殖は、一朝一夕にしてその成果を収めたわけではない。
 むしろ、つい最近まで試行錯誤の苦難の道のりを辿り、サロマ湖での種苗生産の確立や、オホーツク海への地まき放流、外海漁場を四つに区切り、毎年順番に漁獲していく「四年輪採方式」の導入、経営の完全協同化などによって、ようやく「ホタテ王国」とも称される今日の繁栄を築き上げることとなったのである。

きれいな海は川と森から

 ただ、私たちはその歴史の中から、たとえばまだ困窮期にあった常呂漁協が、組合立の研究所「サロマ湖水産増殖研究所」を設立し、ホタテ養殖の研究を下支えし続けたこと、その延長線上にサロマ湖三漁協による研究機関「サロマ湖養殖漁業協同組合」があり、湖の環境保全と生態系漁業への模索を続けていること。
 さらには、「きれいな海を守るためには、そこに流れ込む川をきれいにしなければならない。川は豊かな山の森から生まれる」として、昭和三十年代から漁民による植林事業を進め、漁業団体として初めて「朝日森林文化賞」を受賞することとなったこと…など、苦難の歴史のなかにあっても、決して漁業者としての矜持(きょうじ)を失うことのなかった漁民魂を、畏敬の念とともに学ぶことができる。
 小さな町の大きな誇りとして選択した、ワッカ原生花園の保全施策もまた、この歴史の延長線上にあるものだと思う。
 ホタテ漁業の繁栄によって、地域の経済がどれほど活力に満ちたものとなったかについては、申すまでもない。
 協同経営化と養殖作業形態の確立によって、漁業者の所得は安定化し、労働環境も大幅に改善された。定期的な休漁日の設定は余暇時間の創出につながり、所得の向上とも相まって、深刻な後継者問題からの解放もごく当然のこととなった。
 かつて一夜にして壊滅的な打撃を被り、長い苦難の道のりを歩むこととなった歴史の教訓は、若い世代の試験・研究事業への参画を促し、日本一のホタテの産地であることの誇りをバネに「常呂ブランド」の創造を目指す試みが続く。

消費者への感謝のまつりも

 「暮らしの豊かさ」は「心の豊かさ」を生む。'98長野オリンピックから正式競技となるカーリングでは、五人の代表を常呂町から送り出す。氷に閉ざされた冬に、国内初の屋内専用施設は多くのカーラーたちの歓声が響く。
 漁業者が指導する「かき島太鼓」は、カナダの姉妹町での公演を果たし、ジャズ奏者との競演も定期イベントとなった。また、北海道で盛んなYOSAKOIソーラン祭りのチームも誕生した。
 サロマ湖百キロウルトラマラソンやオホーツクサイクリングなどのイベントでは、ボランティアとして多くの町民が、実に生き生きと汗を流す。常呂川の源流に百五十ヘクタールもの山林をもつ常呂漁協の漁民たちにとって、一本一本の苗木を黙々と植え続けて流した汗が、いま地域で輝いている。
 ことしで八回目を数える「ところ日本一ホタテまつり」は、常呂漁協が主催する消費者への感謝のイベントであるが、それは同時に「日本一のホタテの生産者」としての自覚と誇りを確認する催しでもある。
 かつて、国内洋食界のトップシェフが訪れ、「常呂のホタテは超一流の素材である。だからこそ、超一流の作品として仕上げるための食文化を育てる必要がある。その基本は人としての思想であり、信念であり、哲学だ」と提言した。
 大きな曲がり角を迎えているといわれるホタテ漁業の未来は、人の「心の豊かさ」を問う時代に向かっているように思われる。


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