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粗忽怱兵衛(そこつそうべえ) |
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文 榛谷泰明 |
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イラスト 田島ムーズ |
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とんと昔あったと。
あるところに、怱兵衛(そうべえ)という名の、あわて者がいたと。その粗忽(そこつ)なこと、そそっかしいことといったらないので、みんなから「粗忽怱兵衛」と呼ばれていたと。
あるとき、怱兵衛は女房に、「明日は、夜明け前から起きて、町へ買物に出かけるから、弁当をつめて、枕元(まくらもと)に置いてくれ」と言って、早々と床についたと。
女房はその日のうちに、弁当をこしらえたと。
明くる日、怱兵衛は暗いうちから起き上がり、女房に、「おい、風呂敷(ふろしき)はどこだ?」と聞いたと。
「寝床(ねどこ)の後ろにあるでしょ」と、女房は寝たまま答えたと。
怱兵衛は手さぐりで、風呂敷をつかみ、弁当をくるむと、腰にくくりつけて、家を出たと。
少し明るくなった頃、お宮さんの前に来たと。怱兵衛は持って出た百文(もん)の銭(ぜに)のうち、三文をお賽銭(さいせん)にあげるつもりで、銭をより分け、右手に三文、左手に九十七文持って、ポイと賽銭箱に放ったところ、右手ではなく、左手が動いてしまっていたので、九十七文の銭が賽銭箱の中に消えてしまったと。
「しまった」と思ったが、もう遅い。
怱兵衛はあきらめて、町へ降りて行ったと。すると、すれ違う人たちが、クスクス笑う。
「何がおかしいんだろう。変だなあ」と思っているうちに、昼時になったと。
怱兵衛が、弁当を食べよう、と腰にくくりつけた風呂敷をほどいてみると、風呂敷とは大違い。女房の真っ赤な腰巻(こしまき)だったと。怱兵衛は風呂敷と腰巻を間違って持って来てしまったんだね。
「そうか、これでみんなおれを笑ったのか。しかし、何に包もうと、おれの勝手じゃないか。問題は中身だよ、中身」と、腰巻を広げると、出てきたのは、汚(よご)れた枕(まくら)だったと。怱兵衛は弁当だと思って、枕を包んで来たんだね。
「ウーン、これはしくじった」
しかし、怱兵衛は自分のそそっかしさは棚(たな)にあげて、「女房の奴がちゃんと昨夜のうちに、弁当を包んでくれなかったから、こういうことになるんだ」と、悪いのは女房だ、と決め込んだと。
弁当がなかったもので、怱兵衛はだんだんお腹(なか)がすいてきたと。うどん屋の前、そば屋の前へ、足を向けたが、三文しか残っていない銭では、食べることができなかったと。
「弱ったなあ。腹がへったなあ」と、歩いていると、大福餅(だいふくもち)が三文、という看板が目についたと。
「よし、餅にしよう。しかし、三文はいいのだが、三文出してしまったのでは、一文無しになってしまう。二文にまけてくれないかなあ。まけてはくれないだろうなあ。そうだ、こうしよう」と、怱兵衛は二文の銭を、ポイと放り出して、一番大きそうな大福餅を一つ、ひょいとつかんで、逃げたと。
すると、店の者が、「おおい、おおい。待て、待ってくれ」と言って、追いかけて来たと。
「一文足りないのが、ばれたか。しかし、もう逃げるしかないぞ」と思って、怱兵衛は逃げに逃げたと。
「やれやれ、ここまで追っかけて来ないだろう。ああ腹がへった、へった」と、大福餅にかぶりついたところ、歯がたたない。
固くて固くて、歯がたたない。はてな、とよく見れば、見本に出ていた瀬戸物(せともの)の大福餅だったと。
怱兵衛は腹ペコペコ、頭カリカリ、腹が立つやら、頭にくるやら、わが家に飛んで帰り、戸を開けるなり、「ばか者めが! お前は何たる横着者(おうちゃくもの)だ! 弁当をちゃんと包んでおいてくれさえすれば、恥(はじ)なんかかかずにすんだんだ!」と叫んで、女房の背中をけっとばしたと。
振り向いた女房、隣の女房だったと。怱兵衛はあわてて、隣の家に飛び込んでしまったんだね。
「ウーン、これはしくじった」と、怱兵衛は表に逃げ出し、しばらくそこいらを歩き廻(まわ)ったと。
歩いているうちに、ようやく気持ちが落ちつき、とにかく間違えたことを、あやまっておこうと、隣の家に引き返し、女房の前に両手をついて、床に鼻をこすりつけて、平あやまりにあやまったと。
そうして、おそるおそる顔をあげてみたところが、今度は自分の女房が目の前にいたと。
昔こっぽり、てんぽろりん。

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