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渇水に思う

福岡県水産林務部長

安永洽允

 梅雨の頃になると、私は「今年は大丈夫かなあ」と毎日のように空を見上げる。カラ梅雨になるのではと心配になるからである。平成六年の福岡大渇水の苦労がいまだに忘れられないのである。雨頼りの水行政、開発偏重の都市計画、渇水調整でユーザー対立などなど、毎日のように新聞には大きな活字が踊った。水行政の立ち後れがやり玉に挙げられたのである。
 平成大渇水は、異常少雨に加え猛暑に見舞われ、福岡都市圏では二百九十五日間に及ぶ給水制限となった。渇水対策として渇水調整連絡会の開催、ダムや筑後大せきの総合運用、農業用水の借用、節水の街頭啓発、それに人工降雨作戦まで取り組み、水の確保に奮闘したが、三百万人の県民が不自由な生活を強いられる結果となった。私はこのときほどライフラインとしての水の大切さ、有り難さを思い知らされたことはなかった。また、多くの市民は毎日飲んでいる水について何ひとつ分かっていないことに驚いた。友達や同僚に「家庭の水はどこから来ているか知ってるか」とたずねても、的確な答えは返ってこなかった。蛇口をひねると水が当然出てくると思っている。蛇口の向こうに水源地は決して見えていなかったのである。
 最近、福岡は全国の都市の中でも一番元気がいいといわれている。都市の再開発や人口の集中がそれを物語っているのかも知れない。福岡都市圏の人口はすでに二百十一万人を超えている。なかでも福岡市では百三十万人に達しているし、二〇一〇年には百四十六万人に増えると予測している。今後さらに水の需要が増大することは間違いない。水の手当ては大丈夫かと心配になるのである。
 当圏域には、二級河川しかなく、背後地はすぐ山で、しかも浅い。ダム開発もすでに限界にきている。現在でも福岡都市圏の給水量の三分の一は筑後川に依存している。域内で自助努力して海水淡水化などに取り組むとしても、今後とも筑後川水系の水開発に頼るしかないのである。
 水資源開発には多くの時間とばく大な費用がかかる。そして水没者の生活再建と水源地域の振興にしっかり汗を流さないと、地元の理解と協力は決して得られない。そこには、地道で確かな生活の営みと固有の歴史と文化が育まれているからである。地元の生活者としての痛みが分かり、そのうえで日常的な地域間交流などがなされていなければ、水資源開発はこれからも困難であると思う。モノ、カネを積めばものごとは解決するという都市側の論理で水の確保はできるものではない。ヒトの思い、情が通じ合ってこそ、初めてそこに水が生まれるのである。「飲水思源」という中国のことわざが思い浮かぶ。
 私は、先般の渇水から(1)水供給と都市開発の在り方(2)水源地域と受益地との交流の大切さ(3)流域優先と流域外への送水の難しさ(4)山の再生と水源かん養林の育成(5)弾力的な水の融通など、数多くのことを学んだ。これから、都市と水をどう考えるべきか、都市の快適さや真の豊かさとは何かということを、もう一度じっくりと考えてみたい。
 相変わらず少雨傾向は続いている。今年の梅雨期には「いい雨が降りますね」というあいさつができればと願っている。





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