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宮城県松山町
醸華邑構想でまちづくり
コスモス、酒蔵、歴史遺産を活用

松山町企画開発課課長補佐

板橋敏晴

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●地域資源を有効活用

 松山町は宮城県のほぼ中央、大崎平野の東南部に位置し、約四十キロの圏内には、仙台市、石巻市、鳴子温泉、日本三景の松島も含まれる。町の人口は七千三十八人(平成九年一月六日現在)で、仙台藩の重臣、茂庭氏の城下町として栄えた。
 まちづくりの基本は、農業を中心に商工業の発展も推進していく方針だが、高齢化や人口減で現在の農業、商業、工業をとりまく環境は厳しい。このため、緑や花といった豊かな自然、酒蔵、歴史遺産などの地域資源を有効に活用したまちづくりを考えている。

まちの三つの自慢

 松山町の自慢は三つある。ひとつ目はコスモス園。中世後期、松山郷領主だった遠藤氏の居城跡の徳本丸公園に、「町花のコスモスを植えよう」という町民の活動が契機となり、昭和五十八年、コスモス三万本を植栽した。翌年から秋に「コスモス祭」を開催、現在は七十アールの園内に十八種、三十万株のコスモスが毎年、咲き乱れる。また、春には菜の花、ポピー、桜、ツツジも楽しめるとあって、平成八年には県内外から約五万人の観光客が訪れた。
 二つ目は県内随一の名刀匠、法華三郎信房氏。日本刀鍛造法五カ伝のひとつ、「大和伝」の復元に成功した全国有数の人で、県の無形文化財に指定されている。
 三つ目が全国に知られた地酒「一ノ蔵」。酒造りに欠かせない三大要素(水、米、空気)と長年の醸造発酵技術の研究の結果、全国に名を知られる高品質の酒の誕生となった。
 このほかにも原始、古代から現代までの歴史的文化遺産を収めた「ふるさと歴史館」などがある。

官民一体のまちづくり

 松山町が昭和五十八年に掲げたスローガン、「花と歴史の香るまち」の具体的事業として進めているのが平成三年に策定した醸華邑(じょうかむら)構想だ。これは、宝暦五年(一七五五年)から続く「酒造り」(醸)と美しい城下町の街なみ、町花(華)のコスモスなど緑の資源を生かしたまちづくりのこと。
 これまで、町には中心街から半径一キロ以内に、「ふるさと歴史館」「コスモス園」「刀匠の工房」「茂庭家ゆかりの史跡」、そして城下町の面影を残した土蔵などが点在していた。このため観光客の訪問は部分的で貴重な観光資源が“宝の持ちぐされ”状態だった。
 そこで住民、企業、役場が三位一体で、町の中心街に核となる観光施設の整備を計画、「総合的な観光のまち」づくりと取り組むことになった。
 まず、平成三年度から四カ年事業として国土庁の「地域個性形成事業」の指定を受け、「酒ミュージアム」事業を実施した。総事業費約三億三百万円で、酒造りの歴史、語りつがれている酒文化をドラマシアターや展示物で紹介するとともに(1)文化、観光の拠点(2)住民の交流の場(3)情報の収集・発信基地―としての活用を図ることが狙い。
 関連事業として、平成五年度から三カ年事業で実施したのが自治省助成の「華の蔵・ポケットパーク事業(ふるさと回廊整備事業)」。総事業費は一億六千百万円で、主な事業の内容は「華の蔵」が地域の特産品販売と商品の開発が目的。「ポケットパーク」事業は(1)道路の改修(2)休憩所(二カ所)の設置(3)夜間照明付きトイレの設置―などを行うとともに各観光施設やコスモス園を自由に回遊できるように「名所」や施設の表示の徹底を図る。

街なみ景観整備条例の制定

 景観整備に対する町民の意識と関心の高まりを背景に町は平成七年九月、「街なみ景観整備条例」を制定した。同条例に基づく景観づくりに建築の際、協力してくれた住民に対し、経費の一部を助成した。同条例の制定を受けて平成八年、松山町中央商店会も、蔵の町、景観をより一層演出するため、景観に見合ったのれんやすだれを積極的に採り入れてくれた。
 また、「酒ミュージアム、華の蔵」の管理は、杉山町地域振興公社に委託。公社は地域の特色を生かした商品開発に積極的に取り組んできた。酒を使った「まんじゅう・アイスクリーム・ケーキ・ゼリー・発ぽう酒」などが新商品。
 さらに、商工会のむらおこし実行委員会が中心となって、「幻の人車」のミニチュア、「獅子躍人形」などの新しい地域特産品も次々と開発された。

どこにもありそうでない町を目指す

 今後は「酒ミュージアム」を核とした旧市街地「醸華邑」の名で商品ブランド化し、全国に売り出す計画。
 そして、町は緑豊かな自然、美しい街なみの整備とともに、醸造発酵の町にもこだわった「どこにもありそうでどこにもない町」づくりを目指す。


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