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北海道帯広市
現在と未来をつなぐ帯広の森
市民ぐるみで百年植樹

帯広市みどりと花の課課長

武田春之

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●私たちが目指す帯広の森

 まちをぬけると森がある。どの道を歩いてもふるさと十勝特有の木々が私たちを迎えてくれる。そこでは、小鳥たちのさえずり、虫の羽音が聞こえ、エゾリスなどの小動物が木々と遊んでいる。
 緑深い森の中には、広場や花園、そして、さまざまな運動施設がほどよく配置され、記念樹林、果樹林、市民菜園などがある。市民のだれもが緑と太陽につつまれ、家族そろってのピクニックをお父さん、お母さんが周りの木々を見ながら自分たちが植えたことを子供たちに話しながら、楽しい一日を過ごしている。
 百年後、二百年後に夢をたくし、新しい歴史をつくり出す母なるふるさとの森、それが私たちの目指す帯広の森である。

「帯広の森計画」スタート

 帯広の森は幅約五百五十メートル、総面積四〇五・六ヘクタールの巨大な森林ベルトで、十勝川、札内川の河川緑地と連続して、雄大なグリーンベルトで市街地を囲む。森の配置は都市のスプロール化を防ぎ、空気の浄化、騒音の防止、気象緩和、水害、防火、防災などにも役立つ。
 帯広の森は、お年寄りには散策の場として、子供たちには自然の中で生物の知識や、触れ合うことにより情操を深める場として、スポーツや家族そろってのピクニックなど、その果たす役割は、はかりしれないものがある。
 昭和四十五年五月、第二期帯広市総合計画策定審議会で帯広の森構想が打ち出された。当時、総事業費百億円、計画期間百年、一自治体の事業としては気の遠くなるような大事業だ。四十八年十一月市議会で可決され、都市計画委員会の答申を得て事業開始となった。

市民ぐるみの活動

 この帯広の森構想の誕生には市民運動の力が基本となっている。いくつかの支援グループのなかでも中心的な活動をしているのが市民有志の集まりの「帯広の森市民協議会」。市民植樹祭は、この協議会が母体となって昭和五十年、市民に参加の呼びかけを始めた。五十二年からは、活動をより積極的に展開するため植樹祭実行委員会を設置し、独自にポスター、パンフレットなどを作成、シンポジウムを開催して、PRしてきた。
 もうひとつ市民の自主的運営で続けられているのが「森の少年隊」。小学校五・六年生を対象に、社会訓練と自然教育を目的に、昭和五十二年四月に設立、五百人を超える卒業生を送り出している。設立以来、市民植樹祭に毎年参加するほか、郷土樹種のドングリを秋に拾い、育てた苗木を市民植樹に使用している。植樹本数は、九千本を超えているほか、多くの緑化事業に多大な貢献をしている。
 市民植樹祭は今年で二十三回目。毎年五千人以上の市民が参加し、いまでは帯広の春の一大イベントとして定着した。現在まで、その参加者数は延べ十一万人、植樹された苗木は約十八万五千本にのぼり、約百ヘクタールの土地の森づくりが進められた。また、平成六年には、市民植樹祭が始まって二十年の節目を迎えたことから、帯広の森の歴史を後世に残すため『帯広の森二十年史』を発刊した。

植える森から育てる森へ

 平成三年十月には「市民育樹祭」が始まり本年七回目を迎える。いままで約四千三百人の市民が参加。小学生からお年寄りまで、間伐や下枝払いの作業に汗を流した。この事業は、植樹に始まった「森づくり」が最初の一歩とすれば、「森を育てる」育樹のための二歩目。市民による森の自主管理として、植樹祭から育樹祭に形を変え、市民が創り、育てる育樹祭は継続されていくだろう。
 最初に植えた木も十数メートルに生長し、野草も増え、昆虫、小鳥も増えた。エゾリスなどの小動物も多く見られるようになり、確実に森は成長している。森を訪れる市民も年々増えており、パークゴルフや自然観察、散策、歩くスキーなど四季を通した多様な利用へと広がりをみせている。
 帯広の森は、畑などの用地を買収し、木を植えはじめてから二十二年経過した。当初植えた苗木は十数メートルの樹木に生長したが、用地買収の済んでいない用地が四十ヘクタールあり、まだ植樹していない用地を含め七十ヘクタールを超える土地に今後、植樹しなければならない。
 百年の大計で進められている帯広の森計画だが現在の状況は、人の成長にたとえると幼児期であり、今後少年期、青年期を経て私たちの目指す森が形成されていくと思う。これからの森づくりに多くの市民が力と知恵を出し、帯広が全国に誇れるまちづくりの実践事例になることを願う。


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