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まちづくりの基本 緑と人のいい関係 花や緑は国民共通の趣味 |
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東京農業大学農学部長 |
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進士五十八 |
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“緑豊かな”まちづくり、と言うとおり「緑」の意味は、実に多様多彩である。
第一の意味は「生きた自然」あるいは「生命性」にある。グリーン(green)は、アーリアン語のガーラ(ghra)すなわち“生長する”という言葉に由来する。萌木色(もえぎいろ)とか英語でフレッシュ・グリーンという緑色があるが、共に春の萌えでる若葉の鮮やかな黄緑のことだ。芽吹きの若草色は、まさに植物体内部の生命力が力強く湧き出る色である。
草、樹木、花き、作物など植物。植物群が寄りそった植物社会=植生。植物の葉や花や実を求めて集まる昆虫、野鳥などの動物。それらのすべてを含む生物。生物を生かす土・水・大気・太陽など自然。
このように「緑」は、「自然性」「生物性」「生命性」を象徴する。
コンクリートとアルミとガラスの人口巨大都市が、人間の居住環境の基調(都市人口が八割)となってしまった現代日本社会が、その対極にある「緑」を要求するのは、当然であろう。
このことを理解すれば、人工芝やホンコンフラワーを使うような愚には走らないだろうし、強剪定で丸坊主に刈り込むなど人工的な手入れを謹しむだろう。また、整形的な並木とは異(ちが)う自然風植栽が、あるいは整形的な花壇よりもコスモスなどワイルドフラワーがおおらかに繰り広げられる草土手風景のほうが、歓迎されるであろうことは容易に推測されよう。
長野県飯田市のリンゴ並木は、子供たちによって育まれてきたことで有名になり教科書にも紹介された。諏訪湖畔のマルメロの並木、山梨県白根町のモモ、勝沼のブドウ、山形県のサクランボ、首都圏でも多摩川沿いの川崎市内に広がるナシなど“まち”を代表する果実の存在価値は広く知られる。
果実のなる風景は、単なる色どりだけではなく、まさに「生きられる景観」「生きやすいまち」を感じさせる。
かつて中国では「生産的緑化」が叫ばれた。公園の下草として漢方薬が栽培され、公園や住宅地を果樹で緑化し、パパイアの街路樹帯が出現した。レヴィ=ストロースの『野生の思考』が言うように、原始、人間は自分たちが生きてゆくために必要な食料、薬、染料などに使える植物の部分に名前をつけた。一種類で幾つもの名を持つものも、名前のない植物もあったわけである。ここには原初的な人間と自然の関係がみられる。人間生存には有用なものを自然界から見つけ出し、人びとは名前をつけ、採取、栽培、増殖したのである。その過程で、人びとは自然を知り、学習し、愛玩し、観賞し、親しむようになる。
“緑のまちづくり”の第一歩でもあり、ゴールでもあるのは、こうして“人”と“緑”が、何らかの必然的かかわりを持続することである。
樹芸、農芸、園芸、工芸など、人間の思いに沿って、緑や花を手入れし触れ親しむことである。自らも生き物である人間は、生きた動植物を育て眺めることで共感と連帯を得ようとするのであろう。
樹芸(じゅげい)――アーボリカルチュアという言葉がある。文字通り「樹木の文化」「緑の文化」である。緑の意義の第二は、この「文化性」、「人間との関係性」にあると思う。
芸の旧字は「藝」である。「藝(げい)」は「刈(がい)」に通ずと言う。伸び放題の枝を刈り、人間の希望どおりの形に整えること。それが樹藝である。このように手入れして造形化した庭木を、室町時代に「籠(こ)み木」と言った。手籠(ご)めという言葉があるが、思いどおりにすることである。これが江戸時代には「作(つく)り木」と呼び、現在は「刈り込み」などと言っている。
西洋庭園で見かける樹木彫刻は「トピアリー」というが、樹木を刈り込んで鳥や獣、人の顔に造形する。日本の刈り込みが、山や波に形づくるのと同じことだ。
自然保護を狭く考える人もいて、盆栽やトピアリーを樹木虐待と捉えてしまうかもしれないが、それは考えが浅い。人間と自然が、この地球上で共生していくには、前述の『野生の思考』が基本になければならなかった。
自然に対して、人間が干渉して二次自然を完成した。自然の生態系を、農業生態系に改変し安定化させてきた。むしろその過程で人間たちは、自然を熟知し学習し、自然の許容量や潜在力を推量し、それにふさわしい生かし方、加工の程度、改変の方法を定着させてきた。と同時に、そうした“いい関係”を、自然界の動植物と人間の間にとり結ぶことで、自然の中で生きる喜びさえ手に入れてきたのである。
生花、盆栽、観葉植物、庭園、公園、植物園、森林レクリエーション、キャンピング、登山、国立公園、自然保護などに係る広範な人びとの趣味や活動は、人間の生きる目標――生き甲斐とも言えるもので、まさに「緑の文化」と言ってよい。
川添登氏によると、日本の国民共通の趣味は「祭り」と「花」であるという。花は、緑に通じるから、前に指摘した“緑と人のいい関係”は日本人についてとくに顕著といえるかもしれない。
『日本大歳時記』の季語分析を試みたところ、その三五%が「植物系季語」であった。日本人のあらゆる生活場面が詠まれた俳句の四割近くが植物系季語で描写されているということは、いかに「緑」の存在が大きかったかを物語っている。
まちづくり計画に反映するものとして、年中行事があげられるが、祭礼、信仰、名所、名産、名物と“緑の文化”のかかわりを考えることは極めて大きなヒントとなろう。
葵まつり、御神木、藤、萩、梅、つつじ園、みかん、桜餅……。まちづくり、まちおこしにとって、その土地の緑のランドスケープ(自然風景、大通り公園、植物園、桃園など)から、一種、一本の緑(松林、並木、名木)まで、これを効果的に生かすこと、人びとの生活と眼にどのように関係づけるかが問われるといってよい。
まちづくり運動のひとつに「花いっぱい運動」がある。コスモス街道、バーベナテネラの咲く町、桃源マラソンなどいろいろの形があるが、要するに県民運動、市民運動として誰もが参加しやすいテーマだといってよい。花や緑には、「市民文化性」があるのである。平和・政治・芸術などの分野で、市民が共同しようとすると必ず相対立する意見が出て運動は混乱したり、崩壊する羽目になる。しかし、国民共通の趣味である花や緑は、老若男女、地域、職業の違いを超えて共同できる。
第三の緑の意義は「多様性」にある。
生物多様性条約をもち出すまでもなく、持続可能な集団(家族、サークル、企業、地域、社会)には多様性が大事である。いろんな種類や性格が集まっていれば、どんな状況にも対処できるからである。
緑を単体の植物とみるか、集団の植生、さらには広義の自然とみるかは別として、実に多種、多彩な種類が包含されていることには変わりない。
気候や場所に応じて何千種類もあるし、草木、常緑、落葉、針葉、広葉といった分け方もできる。これが緯度や季節、水辺か山辺か、北海道か九州かで多様となる。多様な植物を使って育まれた文化も地方地方で当然の如く多様となり、それがその地方の魅力となる。日本が北から南から、海から山から実に多様な特徴をもって、それぞれのまちづくり地域づくりの魅力となっているのはこのためである。緑の多様性が地域の多様性の基盤だったのである。
日本には昔から、錦秋の美、新緑の美が賞味された。安芸の宮島は紅葉万頭、十和田湖や大雪層雲峡も紅葉の名所。桜の花見の名所はどの町にもあった。欧州が草花で町を飾ってきたのに対し、温暖多雨で樹木の生育に最適な日本では樹木の多様性とその変化の妙が味わいを与えてくれた。花札に描かれる植物は日本の四季と草木と人びとの感性を象徴しているように思う。万葉植物園はあるが、日本の花札植物園があってもよいし、歳時記季語植物園があってもよい。
近年の都市づくりでは、美術館・博物館・劇場・文化センターなど特徴的な建築や人工的な施設で魅力づくりを計ろうとすることが多いようだ。しかし、人工施設の魅力では、地域個有のらしさを十分演出できないし、完成時は目立って強烈な印象を与えるものの、何十年と人を魅せつけることはできない。パチンコ屋の魅力は開店時だけだが、温泉や自然風景の魅力は永遠というのと同じである。
曽我梅林、嵯峨竹林、白神山地のブナ林、屋久島の杉といった緑の名所、館林のツツジ、横浜や平塚のバラ、房総のナノハナといった花の名所がもっとできてほしい。今、植えておくと数十年して名所に成長するというのが、緑のまちづくりの特徴である。日本中に、緑と花の名所が一杯になれば、日本はガーデン・アイランドになるはずだ。自然の地形・気候・植物の多様な日本では、歴史や文化面でも多様性をもっているから、将来共に持続可能な社会であり続けることができるだろうし、それが国際社会での魅力ともなるだろう。地方分権の議論は、こうした多様な地方づくりによって、日本文化の多様性を持続するためにも重要なのである。
「地域らしさ」のあるまちづくりの振興は、これから脱工業化時代のテーマであると思う。工業製品の原理は、大量生産・大量流通・大量消費によるコストダウンであった。これによって日本の都市生活も都市景観も人工化と画一化を進めてしまった。
地域性を喪失し、全国の伝統ある地方都市を二流三流の東京にしてしまった。緑の大地は灰色の大地になり、地域らしさを消し去ってしまった。風景の都市化は、人びとの思考までも画一化し、活力低下をもたらしてしまった。
筆者は『ルーラル・ランドスケープ・デザインの手法』(学芸出版社)という本を上梓している。サブタイトルは“百姓のデザイン”である。ルーラルは、地方、田舎、田園の、という意味であるから、農村的景観デザイン手法の意義を再発見し、再評価し、その手法によって、もう一度「地域らしさ」のある都市づくりを復活したいのが狙いである。
山や川など、地形に沿って道路網をつくり、坂とか丘などの微地形の起伏を生かした敷地計画を立て、東西南北の方位や水辺、谷沿い、土手沿い、樹林に沿って家を配置する。
屋敷林、玉石積、石垣、生垣、菜園など昔の農民たちが造った環境デザインは、自然地形や地場材料を生かしたものであった。地形も、植生も、石材や工法も、技術も、みんな地方地方の、あるいは地域地域の独自のもので構成されたものであった。東北には東北の、関西には関西の、九州には九州の郷土性豊かな景観ができていた。それが日本の農村の魅力だし、地方都市の魅力であったのだ。
それが戦後の工業文明の高度成長によって、全国的に都市化画一化が進み、そうした地方地方の多様性の魅力を駄目にしてしまったのである。
以上、種々の「緑」の意味にこめて地域づくり、まちづくりのあり方への提言を述べてきた。緑は、まさに生きているのであり、育むことによってより大きく成長するものである。生命を大切にする多くの市民が共有できる文化として、多様な緑のまちづくりを全国各地の土地柄を反映して育てることが、如何に大きなことか理解してほしい。「緑のまちづくり」を、単なる緑化運動と矮少化しないでほしいものである。
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