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宝化け物(たからばけもの) |
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文 榛谷泰明 |
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イラスト 田島ムーズ |
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とんと昔あったと。
あるとき、一人の坊さんが、日暮れの山道をセカセカと歩いていたと。
「そろそろ今夜の宿を見つけなければならないな」と思って、坊さんは足を速めたと。すると、山の中に小さな村があったと。坊さんはホッとして、一軒の家の戸を叩(たた)き、「今晩一晩泊めてくれませんか」と尋(たず)ねてみたが、「今夜は客があるので、泊めるわけにはいきません」と断られたと。
次の家へ行って頼んでみたが、そこでは寄り合いがあるので泊められない、と言われたと。その代わりに、「村はずれに化け物屋敷(ばけものやしき)と呼ばれている空き家(あきや)があるから、そこで泊まったらどうですか、お坊さんならば、恐いことはないでしょう」と言われたと。
坊さんは仕方なしに、村はずれへ行ってみたところ、なるほど、古びた大きな家があったと。その屋敷は、荒れ果ててはいたが、昔の長者の家だったらしく、造りはがっちりしていたと。
坊さんは、押入れにもぐり込み、化け物が出ると言われたが、本当だろうか、と思いながら、戸の節穴(ふしあな)に目を当てていたと。そうすると、真夜中頃、ガタガタガタと音がして、どこから出て来たのか、金色の目をした一つ目入道(ひとつめにゅうどう)と銀色の目をした一つ目入道とが、囲炉裏端(いろりばた)に向かい会って、ドスンとあぐらをかいたと。
金の目と銀の目の入道は、囲炉裏の火を燃やしながら、「くすの木、クスノ木!」と大声で叫(さけ)んだと。
すると、どこからか「ハーイ!」とかわいらしい声がして、小僧が一人、ちょこちょこと出て来て、入道の前に手をついたと。
「クスノ木、餅(もち)と網(あみ)を持って来い!」と、入道が命じると、小僧はまた「ハーイ!」と返事をして、餅と網を台所から持って来たと。
金の目と銀の目の入道は、囲炉裏に網をのせ、餅を焼いて、食べたと。食べ終わると、二人の入道は、小僧に、「また明日来いよ」と言って、奥の間の方へ入って行ったと。
小僧は網を片付け、土間の隅(すみ)の方へ消えて行ったと。
坊さんは勇気をふるいおこして、押入れを出で、囲炉裏端に坐(すわ)り、金の目と銀の目の入道が小僧を呼んだのを真似(まね)て、「クスノ木、クスノ木!」と叫んだと。
「ハーイ!」とかわいらしい声がして、さっきの小僧が現れ、坊さんの前に手をついたと。
坊さんは、思い切って、聞いて見たと。
「お前はクスノ木と呼ばれているが、どうしてなんだ? そして、あの金色の目と銀色の目の入道はいったい誰なんだ?」
そうすると、小僧はこんな話をしたと。
「実は私は、この家の隅の土台石の下で芽を出しているクスノ木なんですが、石が重くて、伸(の)びることができません。また、あの金の目と銀の目の入道は、この家の奥の間の、地下に埋(う)められた壷(つぼ)に入っている金貨と銀貨です。長いこと土の中にいるので、早く出たがっているんです。だから、毎晩あんな姿で出て来ては、だれかの目にとまるのを待っていたんです」
小僧はそう話したと。
明くる朝、坊さんは土を掘ってみたと。すると、奥の間の地下からは、金貨と銀貨のつまった壷が出てきたと。隅の土台石の下には、クスノ木が小さな芽を出していたと。
坊さんが石を取りのぞくと、クスノ木は見るまに伸びて、大きな木になったと。
持ち主が、とうにこの世からいなくなっていた金貨と銀貨は、坊さんのものになったと。坊さんはそのお金で、お寺を建てて、そこに住むことにしたと。
昔こっぽり、てんぽろりん。

類話の主な採話地:新潟県小木町 大分県臼杵市
「とんと昔メルヘン」の「とんと昔」は、新潟・鳥取・島根・愛媛の各県に伝承されてきた昔話の語り始めに必ず口にされる言葉。「メルヘン」は、ドイツ語の「メールヒェン」童話のこと。「とんと昔メルヘン」は、この2つの言葉を結びつけた私の造語です。
「昔こっぽりてんぽろりん」の「昔こっぽり」は、中国地方で受け継がれてきた昔話の結句。「てんぽろりん」は、福井県で聞いた結句「もうないそうらいてんぽろりん」の一部。この言葉も私流の合成語です。
幾十世代、幾百年、親から子へ、子から孫へと語り継がれてきた日本の伝統的な昔話は、その地方特有の言葉遣い、すなわち方言で話されます。そこに昔語りの深い味わいがあります。昔話は、語り手が幼児期に聞き覚えた話を、自分が語る年配に達したときに暗記したままを話します。方言こそが昔話の母体でした。しかし、方言は他の地域の人びとには理解しにくいという側面があります。
そこで、分かりやすさを眼目に、共通語になおした「とんと昔」を連載することにしました。これまでに日本全国で2000話以上の昔話を取材しましたが、その中から比較的短い話を順次、紹介いたします。お楽しみいただけると幸せです。