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兵庫県青垣町
生涯学習むら”にも、インパクト
青垣二〇〇一年日本画展

青垣町公民館長兼事務局長

大谷吉春

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認めてもらえた展示会

 兵庫県の東側中央部、京都府に接する青垣町は、神戸から八十六キロ、大阪から九十五キロでともに車で二時間弱の位置にある。人口八千二百人の小さな農山村で、過疎化減少は本町とて例外ではなく、近年ようやく歯止めがかかったところである。
 道路基盤では中国自動車道と舞鶴自動車道の支線である、北近畿自動車道が建設中であり、その完成を待ち望んでいる。
 ところで、本町では平成八年度、「青垣二〇〇一年日本画展」(総事業費約一千万円)の十回展を開催することができた。今回は全国から過去最高の三百八十一点の応募があり、その中から入選作五十点と、大賞として文部大臣賞には賞金二百万円、優秀賞には賞金百万円を授与した。
 この十回展で、全国の若手の画家から、なんとか存在を認めてもらえるようになった。
 昭和六十年代初頭、初めて日本画展を開催するに当たっては、本町の社会的な状況として、若者の流出と高齢化などにより町の過疎化、活性化対策が急務であった。
 ハード面では、農村地域工業導入促進法による工業の導入を図り、定住条件の整備を進めていたところだったが、人びとの心の過疎化の解消のためには、ソフト面の展開が必要だった。また、それによって交流条件を整備していく必要にも迫られていた。

息長く、どこにもないもの

 公民館サイドでは、それまでにもイベントは開催しており、いまでも第十九回目を数える「青垣もみじの里マラソン」大会を継続しているが、当時、町でも文化面での取り組みが必要であった。
 息の長いもの、そしてどこにもないものとして取り組んだのがこの日本画展である。四十歳以下の若手画家を対象にした全国公募展であり、この世界では五十歳で師匠離れができれば一人前といわれており、いわば日本画の登竜門を狙ったわけである。
 大賞と優秀賞の二点を町が買い取っているが、これまでに三千点をこえる応募があり、入選は毎回五十点あるものの、作家として収入につながったものは本町買い取り分とわずかの民間一般買い取りのみであり、この世界の厳しさを如実に表している。
 ひそかに、将来の日本の画壇を背負ってほしいと願っており、大成した画家の若きころの作品で将来、美術館を飾りたいとの構想をもっている。
 これまでこの日本画展を通して、当初の狙いのほかに、住民の学ぶ力の醸成、すなわち、いまはやりの生涯学習を推進する起爆剤としても効果があった。いま、町が別途進めているアトリエ村も包含した「生涯学習むら」の建設にも、大きなインパクトを与えている。
 地方からの情報の発信基地として、例年「青垣展」のほか「東京展」も開いており、昨年は震災復興祈念として「神戸展」も開催した。

丹波布の「技術伝承館」も

 近年では同じような画展が全国で開催されるようになり、本展のレベルアップなど内容の充実が必要であるが、初期の目的は守っていかねばならないと気を引き締めている。
 丹波布は、明治末期まで本町一帯で「しまぬき」と呼んで生産されてきた、もめん織物である。寝具や仕事着、普段着として利用され、この地で採れた綿を、栗の皮や草の根などで染め、手機織りで仕上げた。
 緯糸(縦糸)に絹の「つまみ糸」を少し交織させており、現代の化学繊維にはない、温かみのある手触りと、枯淡な味わいがある。
 この丹波布は、戦後一時期すたれていたが、ある民芸研究家により昭和三十年ごろ復興し、技術保存会の設立とともに、今日まで細々と生産され、国の無形文化財にも指定されている。
 公民館では文化財としての技術を保存すべく、四十九年ごろから伝承教室を毎年開催してきた。しかし、この布が手織りであるがゆえに利用が少なく、またかすり製品のように産地化までにも至っていない。
 こういったなか、丹波布の復興をなんとか見つけ出すべく、平成元年から「全国もめん染色展」を開催し、全国産品の展示と即売、東京での開催を続けた。
 六年からは丹波布だけに的をしぼり、染めと織りの技術の研究と製品開発を狙い、セミナー形式で愛好者を引きつけてきた。人びとの生活が個性を生かしていくようになってきた状況下で、全国から参加はあるものの、この地において新たな伝承者の創出はわずかである。

「道の駅」今月に完成

 こうした折、農水省の補助により今年、技術伝承館を建設することとなった。ここでは、糸紡ぎから染色、そして機織りまで、一連の工程が可能なものとし、技術の伝承と製品の販売を行う。また、周辺の農地で綿や染色植物の栽培も計画している。
 これまでに地道ではあるが、伝承教室を続け、周辺を含め遠来からの参加や地元の高校や中学校の生徒にも参加を募り、なんとか関係者に目を向けてもらえる素地は作ってきた積もりである。
 この施設は、文化財としての伝承と農水省の補助の性格上、高齢者の生産活動による所得の確保という二面性をもっている。
 また、この施設は建設中の青垣インターの出口に位置し、三月に完成する建設省の「道の駅あおがき」と農水省補助の農産物加工直販所に接して建設することにしている。
 これらすべてが完成すると、まさしく青垣町の顔として、あるいは農業および観光の拠点、さらには伝統技術の拠点として、前述の日本画展とともに、本町のまちづくりに資するものと期待している。


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