23 熊本県湯前町

「地域おこし」の草分け? 山北 幸と下村婦人会
おふくろの味「市房漬」うける

お母さんにお金があれば…

 「地域おこし」の草分け─それは熊本県湯前(ゆのまえ)町の「山北 幸と下村婦人会」かも知れない。まだ、この言葉がなかった昭和二十四年からこの婦人会は、実質的な「地域おこし」を行ってきているからだ。
 これが確かであれば、「地域おこし」は熊本県の南部、平家の落人部落で名高い五木村、宮崎県椎葉村に隣接した九州中央山地の山深い、この町の下村地区で生まれたことになる。敗戦の混乱、貧しさから国民がなお脱しきれないころのことである。
 「地域おこし」のリーダーは山北幸さん(八四)だ。軍医だった夫の深氏がフィリピンから復員、二十二年同地区で診療所を開設。このため、幸さんも看護婦兼調理師として夫の手助けをしていた。
 当時、農家は現金収入がほとんどなかった。子供が病気しても、医者にかかれなかった。診療所に来るときは、手遅れ状態になっていることが多かった。「もう少し早く来てくれれば…」幸さんはいくどとなくほぞをかんだ。
 「この子供に服のひとつでも…」「かまどを直したい」などはもちろん、エンピツ一本買うお金にもこと欠くありさまだった。そのうえ、農地解放で、農協が自作農、小作農派に分かれ対立、それが子供の世界にも持ち込まれ、いがみ合いが絶えなかった、という。
 山北さんは思い悩んだ。
 「お母さんたちに少しでもお金があれば…」「女性だけでも手をとり合って、現状を改善しないと…。とにかく楽しい集落にしたい」

初めはほうき、ハエたたき

 こうして生まれたのが下村婦人会だ。二十五年に正式発足。活動が始まった。稲のしいなでほうき、シュロの葉でハエたたきを作って売り歩いた。恥ずかしかった。しかし、これらの品物は一度売ると、次はかなりの間、売れなかった。
 「頼母子講」もやった。毎月二回、百円ずつ持ち寄って。これは大変喜ばれた。リヤカーで野菜も売り歩いた。一台で約三百円の売り上げ。しかし、売れ残りが出たりすると、大したもうけにならなかった。
 そんなとき、県の生活改良普及員から「野菜を漬物にして売れば、いい値になる」といわれた。「これだ!」山北さんらは飛び付いた。本格的な漬物作りがスタートした。「市房漬」の誕生である。三十二年のことだ。確かに、漬物は手提げカゴひとつで、千円の売り上げになった。
 最初に作ったのは紅ショウガ。初めはよく売れたが、二回以降は売れ行きがガクンと落ちた。毎日食べるものでないからだ。試行錯誤の末、毎日食べてもらえるいろんな野菜の漬物を作ることにした。それもおふくろの味、みそ漬けで。

横浜の学校と「交流」も

 大豆や麦を持ち寄って、みそ作りから始めた。無添加、無着色、心を込めた手づくりがウリ。素朴な味がうけた。野菜を買い上げるので
農家が豊作貧乏に泣くこともなくなった。
 名前はふるさとの山、市房山にちなんで付けた。集団就職で都会に出て行く子供たちに「ふるさとを忘れるなヨ」という、お母さんらの切なる願いも込められている。
 山北さんらは漬物のもうけで、共同加工場を増築していった。子供らのために「仲よし文庫」「ちびっこ広場」なども設けた。山北さんらは「これは地域への利益還元」と考えている。
 いま、「地域おこし」のキーワードになっている「交流」も行われている。横浜市の小学校と婦人会の生徒や親たちは、毎年交互に、横浜市と湯前町を訪ねる。小学校が校区のシクラメンの販路調査のため、花に添えた一通の手紙がきっかけだった。
 たくさんの返事の中で、文通が続いたのは山北さん。そして平成二年、湯前からはるばる横浜の学校を訪ねた。「まごころいっぱい」「やさしい」おばあちゃん─などが生徒たちの印象だ。
 一通の手紙から「温かい心の交流」が生まれたのである。このほか、共同加工場への訪問者は、県内外から枚挙にいとまがない。山北さんはしみじみ語る。「漬物のお蔭で、いろんな人と出会えて、私は幸せ者」。いやいや漬物だけじゃありません。おばあちゃんのお人柄が大きいのです。

売り上げ、年五千万円

 「市房漬」はいまや、約四十種を数える。「市房漬」のほか、「大豆そぼろ」「きりしぐれ」「たかな炒煮」「柚の香漬」など。中でも「大豆そぼろ」は傑作だ。砕いた大豆をみそに漬けたもの。まろやか、やさしい味。お茶漬けにもってこいだ。
 山北さんは東京、大阪などでの物産展にもよく出掛ける。「手づくりの気持ちを伝えたいし、お客さんの生の声も聞かないと…」。売り上げも年間、五千万円になった。原材料、人件費などの原価は四千万円で、一千万円の粗利が出、税金も納めている。
 常時、十六〜十七人のお母さんらが働き、時給も六百〜千二百円支払えるようになった。働き場の少ない山村の女性にとっては現金収入を得る貴重な場だ。こんな活動が評価され、「山北 幸と下村婦人会」は日本一づくり運動特別賞、ふるさと食品全国フェア農水大臣賞、地域づくり国土庁長官賞など多くの栄誉に輝いた。
 山北さんはいう。「自然食品、手づくりには今後もこだわりたい。加工場は九年度の農水省事業で整備していただくことになっている。次いらっしゃるときは見違えるようになってますから」


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