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酸っぱいミカン

日本経済新聞論説委員

井上 繁

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 食卓のコンポートにどう見ても貧弱なミカンが並んでいた。家内が五、六年前に植木市で求め、手塩にかけて育てた果実だ。厚めの外皮にはつやがないし、房の皮もかなり厚い。味といえば、これがやけに酸っぱい。とはいえ、自分の庭で実を結んだだけに、ひと房、ひと房をじっくりかみしめた。
 その数日後、近所の人が愛媛産の本場ものをおすそ分けしてくれた。大型で、皮はてかてかしている。房の皮は薄いからそのまま口にしても、のどを通る。もちろん、甘さも十分だった。何年もの間、品種改良を重ねた結果の完成品なのだろう。庭のとは大違いだ。
 仕事がら自治体のさまざまな構想や計画に目を通す。図表やグラフをふんだんに使い、写真やレイアウトにこったものが多くなった。厚手の上質紙を用い、製本もしっかりしているから見栄えがいい。
 中身も要領よくまとまっている。だが、よく読むと、取材で感じた地域の現状と、報告書の記述が掛け離れていることがある。時には、専門家しか使わないようなカタカナ語がはんらんしている。こうした報告書はロッカーの上でほこりをかぶることになりがちだ。
 なぜ現実離れしてしまうのだろうか。大事なまとめの作業を外部のコンサルタント会社などにまかせっきりにしているからである。その結果、報告書が、血の通わないものになったのでは、住民の共感を得ることは難しいだろう。
 これに対して、地域や住民団体の手づくりの機関誌などは楽しい。地域づくりにかける夢や息吹がひしひしと伝わってくる。編集後記の苦労話などを読むと、思わずがんばれと声を掛けたくなる。
 外部の専門家に頼るのは、職員に自信がないのと、完全なものを求めようとするからだろう。後者は役所の犯しやすい過ちである。世の中に完璧なものなどあり得ないし、変化の激しい時代だから、いまは完全と思っても、すぐそうではなくなる。
 私たちは改良を重ねた、甘い、見掛けのよいミカンに慣れ過ぎたのではないだろうか。地域づくりは、粗削りであっても、自ら工夫し、汗水たらして取り組んでいくことに意味がある。
 といっても、何でも自分たちだけでは、限界がある。庭のミカンだって、施肥やせん定のこつなどを農家のおばさんに教えてもらえば、もう少し味のよいものができるかもしれない。この場合、すべてをまかせるのではなく、分からないところだけを聞き、次のために専門家の知恵を盗めばなおよい。
 大事なのは、報告書のできばえより、報告をまとめるにあたりどんな議論をしたかであり、その過程ではないか。そんなことを考えながら、二つのミカンを眺めていたら、家内が後ろから言う。「あなたは自分でつくらないで、批評ばかりしている」

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