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滋賀県八日市市 日本一の大凧揚げる 百畳敷、観衆四万人超す |
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世界凧博物館八日市大凧会館学芸員 |
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鳥居勝久 |
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滋賀県八日市市は、琵琶湖の東、水と緑に恵まれた鈴鹿連峰を望む湖東平野の中央部に位置し、聖徳太子が「市」を開いた町と伝えられ、古くから市場町として栄えてきた。また、万葉ロマン、神社仏閣や旧跡の点在、江州音頭、江州米と自然と歴史に恵まれた街である。
この古くから商いの街として栄えた八日市市には、日本一の大きさを誇る「八日市大凧」がある。
八日市大凧は、江戸時代の中ごろから、いまの八日市市の中央部、のちに日本初の民間飛行場が設けられた沖野ケ原で、男子出生を祝って、五月の端午の節句に鯉のぼりと同じように揚げられたのが始まりといわれる。その後、村や国、地方の大きな行事があるたびに、村中総出で大凧を揚げてお祝いをした。
八日市大凧の最大の特色は、なんといってもその大きさ。最初はごく普通の大きさの凧だったようだが、だんだんと大型化し、江戸時代の天保十二年には、すでに百畳敷大凧が揚げられた記録が残っている。
また、記録に残る最大の凧は、明治十五年に揚げられた二百四十畳敷である。これまでに揚げられた大きさの平均は、百畳敷。大型化したのは、大凧揚げを行っていた旧中野村・芝原村・金屋村の人びとの近江人気質、負けん気と製作や飛揚の技術向上にある。
八日市大凧は、製作上でも特色がある。丸骨を縦横に取り付け、縦の丸骨は取り外しできるようになっている。このため、凧は容易に丸めることができ、収納や持ち運びに大変便利になっている。この作り方を「長巻き工法」という。
一方、凧が受ける風を後ろに抜くことにより風に対する抵抗を少なくするため、図柄に沿って切り抜きを入れ、風穴をあける。これを「切り抜き工法」という。
また、凧の大型化には八日市の風土も深くかかわっている。凧を揚げるのに適した広大な土地「沖野ケ原」、琵琶湖特有の「湖陸風」があることなどである。
さらに、八日市大凧には、全国的にも珍しい「判じもん」という大凧に描かれた図柄の特色がある。これは、凧の上部に墨の濃淡で絵を左右対称に描き、下部に朱色で大きく文字を書く。そして、描かれた絵と文字を組み合わせて、暗号を解読するように意味を読み取るのである。
「判じもん」は、その時代の世相を反映したものが多い。たとえば、平成五年は「皇太子ご成婚を祝す」、六年は「関西国際空港の開港を祝う」などだった。
八日市大凧はこのように巨大な凧であるうえに、細かな部分にも工夫が施されており、多くの人たちが心を合わせて取り組まなければ、作ることも揚げることもできないのである。
現在では、八日市市制三十周年を記念し、二百二十畳敷大凧(縦二〇・五メートル、横十九メートル、総重量一・五トン)を飛揚した昭和五十九年から、市を挙げて毎年五月の第四日曜日を「八日市大凧まつり」の日と定め、「八日市大凧保存会」が中心となり、百畳敷大凧を高く舞い揚げている。
またそこでは、市民が二畳敷以上の凧を作って参加する「ミニ八日市大凧コンテスト」や全国の凧の保存会や愛好家などの特徴ある凧も舞い、観衆も四万人を超す盛況ぶりだ。年によっては海外から著名なカイトアーティストも訪れ、凧を媒体とした国際交流も行われている。
グラビアの写真は平成八年五月の「八日市大凧まつり」で揚げられた百畳敷大凧。図柄は、上部に亀が大きく描かれ、中央部に八日市の市章、そして下部に「元」の朱色の大文字が書かれている。意味は、「元(文字)気(亀)なまち八日市(市章)」となり、この年はこのテーマで凧を舞い揚げた。
先人から受け継がれた伝統文化の八日市大凧は、「近江八日市大凧揚げ習俗」として、平成五年に文化庁より無形民俗文化財に指定されている。そして、市はこの日本一の八日市大凧を活かしたまちづくりをするため、「大凧と緑のまち 八日市」をキャッチフレーズにまちづくりの拠点施設として「世界凧博物館・八日市大凧会館」を平成三年に開館した。
一階展示ホールには、百畳敷大凧の実物を中心に過去の大凧のミニチュア、製作過程や製作道具なども展示し、八日市大凧のすべてが分かるようにしている。また、映像室で、迫力ある大凧の飛揚や製作過程なども見ることができる。二階展示室は、日本の凧と世界の凧のコーナーに分かれており、収蔵総点数千八百二点(日本千四百五十九点、世界三百四十三点)の中から、常時約四百点を展示している。
また、八日市大凧会館は凧を展示する場だけでなく、百畳敷大凧が製作可能な広さを持つ別館もある。ここは、凧作り教室や市民による凧作りの場として多く利用され、先人から伝えられた凧の製作技術を熟練した高齢者が若者に伝えている。
八日市大凧まつりの開催・拠点施設の八日市大凧会館は、市がまちづくりとしてとり上げている世界に誇れる貴重な文化財「八日市大凧」をさらに市民活動の中に広げ、後世に長く伝えていく努力を続けている。
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