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兵庫県 播州産「山田錦」の吟醸酒を日本一に 姫路城をイベントの場として |
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播州の吟醸酒を日本一にしてまう会会長 |
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宮浦俊文 |
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日本一の酒造好適米「山田錦」は、大正十二年明石市で人工交配され、社町の酒米試験地で選抜固定されて、昭和十一年「山田錦」と命名された。栽培適地は、中国縦貫自動車道の吉川ICから加西ICまでの吉川町、東条町、社町、三木市、加西市あたりで、生まれも育ちも播州である。
日本中の造り酒屋が、ノドから手が出るほど欲しがり、最高級の大吟醸や、コンテスト出品酒の八割以上に、この播州産「山田錦」が使用されているともいわれている。
日本酒は、コメのでんぷんを麹カビが酵素の力で糖分に変え、酵母菌が糖分をアルコールと炭酸ガスに分解する。並行復発酵というカビを利用した酒の造り方が、初めて文献に現れるのが「播磨国風土記」である。
いわば、播州は日本酒の発祥の地であり、日本一の酒米「山田錦」のふるさとでもある。そんな素晴らしい場所で「山田錦」を使った酒を「地酒」と呼べるのは播州の蔵元しかできない芸当なのだ。
「日本一の酒米の産地で、日本一の酒米をふんだんに使用して醸した吟醸酒が、日本一にならないのはおかしい。地元の日本酒ファンが力一杯応援するから播州の蔵元はもっと頑張れ!」こういうことで生まれたのが、「播州の吟醸酒を日本一に押し上げる百人委員会」であった。平成四年十月一日、日本酒の日に蔵元十五社が加盟して初会合を開催し、参加者は日本酒に対する熱い思いを訴えた。その後、百人の委員が二人の日本酒ファンを連れてきて、吟醸酒を楽しむ会も開催した。
平成五年には「播州の吟醸酒を日本一に押し上げる会」と名を変え、十月一日にはバスを仕立てて日本中で兵庫県にしかない「酒米試験地」と山田錦の種籾採取田を見学し、会のメンバーが経営するフランス料理店で、播州の豊富な食材と播州の大吟醸酒を楽しんだ。十二月一日には山田錦を三五%まで磨く精米工程を、翌年二月一日には、再びバスを仕立てて大吟醸酒の造りを見学し、今度は日本料理と播州の大吟醸酒を楽しんだ。
ところが、思うように人数が集まらない。毎回顔を出すのは、世話人プラスアルファーで、何回も集まっては議論をし、最後にはイベント屋の力を借りようかというところまでいった。
何回目かの吟醸酒を楽しむ会で、閉会のあいさつを担当した蔵元が酔った勢いで突然「今年の十月一日、日本酒の日には、世界文化遺産、国宝姫路城の三の丸広場に畳を百枚敷き詰めて大酒宴を開催します」とぶち上げてしまった。案としてはもっていたが、何ひとつ具体化はしていなかった。が、あとの祭りである。
姫路市の観光課に城内の使用許可を申請したり、畳敷き宴会場のイメージプランをつくったり、幟、法被の発注、何よりも資金集めをどうするか、ああでもない、こうでもないと世話人会を開き検討した。案ずるよりも産むが易し、世話人には、デザイナー、建築士、料理店主、プロ用厨房器具店主、洋菓子店主、地元百貨店常務、多士済々であった。
これを機会にその名も「播州の吟醸酒を日本一にしてしまう会」と播州弁に改め、設計はもとよりトータルイメージまで、すべてメンバーの手弁当で、文字通り手づくりのイベントが出来上がった。
すべてがとんとん拍子に進んだわけではない。「播州の吟醸酒を日本一にしてまう会」というような、民間のいかがわしい会に、国宝姫路城の門はなかなか簡単には開かなかった。姫路商工会議所、姫路酒造組合、姫路観光協会等を拝み倒して協賛してもらい、なんとか門が開きつつあるところへ、姫路市から国宝姫路城内で大酒宴とは不届き千万。ごもっとも、ごもっともということで、急きょ姫路城酉の陣と改め、なんとか開宴ではなく、出陣することができた。
平成六年十月一日、日本酒の日、場所は世界文化遺産国宝姫路城の軒先を借り受けての一大イベント、その名も「播州の吟醸酒まつり 姫路城酉の陣」の開幕である。
スタッフは、殿、姫、武士の貸衣装に身を包み、特製お盆に盃には並々と播州の吟醸酒を注ぎ、おつまみ付きで金千円也。百畳の間には雨よけのテントを張り、舞台を設け、われと思わん者には得意の芸の披露あり、飲み過ぎて城を枕に討ち死にする者あり、にぎやかに一日が過ぎた。
着替えもせずに、殿、姫、武士姿でチャーターした夜行バスに乗り込み、目指すは銀座日本酒センター。酉の陣から分かれた一隊はこれより東京銀座の陣に出発。二日朝から銀座を行き交う人びとに、播州の吟醸酒を無料試飲サービス、その日のうちにバスで姫路へ取って返す江戸大返し。
のりにのって反省会では、会長をヨーロッパへ派遣し、仏蘭西(フランス)は巴里(パリ)の陣へと出陣させ、パリ農業祭に播州の吟醸酒を出品できるよう兵庫県パリ事務所へ要請させる始末。これは、阪神淡路大震災の影響で出品取り止めとなった。
このイベントに端を発し、メンバーの洋菓子店では吟醸ケーキを開発、スタッフの賄い料理から吟醸うどんも誕生。酒販店では、播州の吟醸酒をワインボトルに詰め、生野銀山の坑道で熟成させたオリジナル吟醸酒の開発、メンバーの十五蔵の全吟醸酒が飲める南仏風居酒屋の開店等波及効果も出て、いま、播州吟醸地帯は徐々に日本一に近づきつつある。
平成七年から、酉の陣も畳を二百畳に増やし、十月の第一土曜日曜の二日間となった。今年からは、姫路を回る観光コースに取り入れてもらうよう、旅行社にも働きかけをし、十五蔵の吟醸酒の頒布会やカタログ発注ができるよう計画をしている。
今年は子の年。子の年には何かが始まると言う。播州吟醸地帯はますます熱く、面白くなる。十月第一土・日は姫路城酉の陣に来て、存分にお酔いくだされ。
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