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棚田の基盤整備を働きかけ トマトづくりに励んだ主婦 ふれあいの里 さくらぎを拠点に |
愛媛県久万町は、四国山地を背にした人口七千人強の小さな町だが、まちづくりの先進地として全国に名高い。
平成七年、上畑野川地区に完成した「ふれあいの里 さくらぎ」にも、久万町女性の活動を見習おうと、視察者が訪れる。応対するのは稲田貞美さん、上岡美喜子さんの二人だ。
二人ともすでに六十五歳を越えるが、まだまだお若い。自分たちがやってきたことを若妻たちに託そうと、この「ふれあいの里 さくらぎ」を建設し、いまは毎夜のように一緒になって、久万町物産館「みどり」で販売する漬物やお菓子を作っている。
二人の出会いは婦人学級からだが、二十年以上続く明杖生活改善グループは「自分たちがもっと勉強したい」という願いから結成され、「自分たちでなんとかやっていかんといかんのじゃろう」という思いから、息の長い活動を続けている。二人がいまでも作り続けているのは、久万の代表的高原夏秋野菜「桃太郎トマト」。ここ明杖は、○久ブランド「桃太郎トマト」発祥の地である。
時代は昭和四十四年にまでさかのぼり、当時減反政策により、稲作からの転換が迫られたとき、「食べていけなくなる」という危機感から二人のトマト作りがはじまった。「いまみたいに改善されてなくって棚田だったから、旦那さんが籠で背負って坂降りて、私らも負い子で応対して共同で頑張ったね。道は狭かったし、作り方も知らなかったから馬の鞍みたいなトマトもできたりしたしね。出荷のときは、舗装されてない33号線をトマトと一緒に荷の上に乗って高知まで行ったんじゃ」と当時を語ってくれた。
当初の苦労から、トマト作りを本格的にやるためには基盤整備が必要だと考え、地域に働きかけた結果、昭和四十九年圃場が整備された。また、トマトの品質向上研究も続け、いまや京阪神地域の市場で評価の高い久万の「桃太郎トマト」となったのである。「私らの子供はトマトで太ったんよ」と誇らしげに笑う。
しかし、彼女たちの活動はトマトだけでは終わらない。「そのとき、そのときに求めるものがあって、挑戦していったね」と語るように、グループ内の大根栽培農家から大量にでる規格品外の大根を漬物にして商品化したり、久万町が町おこしで始めた「ふるさとの森オーナー」に協力しようと、オーナー会員に送るふるさと小包の中に入れる干し柿作りに取り組んだ。年によって柿のなり具合が変わるということで、たかきび餅をつくり、入れるようになったが、ふるさと小包は昭和五十九年からずっと現在まで続く活動だ。
また、高齢化の進む畑野川の将来を考え、「明日の畑野川を考える会」をつくって話し合い、都市との交流を図ろうと契約農園の取り組みも平成三年から始めた。
「そうして期待されてずーっとやってきよったらお婆さんになっちゃって、自分たちグループの後継者がどうしてもほしい」と思うようになった。そして、新しく若妻たちのひまわりグループができると「年取った者として若い者に活動の場をつくってあげないといかん」と考え、上畑野川農産加工組合の拠点として「ふれあいの里 さくらぎ」造りへと二人の活動は際限なく続いた。
最初は若い人のためらいもあって建設が難しいと思ったりもしたそうだが、「年寄りがやろうといってるんだから」と皆がわかってくれたおかげでやっと完成。「ここの敷居をまたぐと人間が変わりよるくらい楽しくやってる」という人もいて、本当に造ってよかったと実感している。
ここを視察に訪れる人のためにつくったレジメには施設建設の動機として、1 都市と農村の交流、2 各グループ活動の充実、3 地域住民とのふれあい、4 生きがいづくり−があげられている。これらを十分に満たしているのでもう引退しようかとも思うのだが、「若い人たちが熱心に新しい商品開発にがんばってるから、私らも足腰たたんようになるまで続けるよ」と語る二人は、とても六十六と七十一歳には見えなかった。
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