山形県小国町
民宿「奥川入」
農村文化を守りながら地域の活性化に貢献

農業だけでは食っていけない

 梅雨の時期特有の雲が低くたれている。ときどき風がその雲を舞い上げると、残雪を頂いた飯豊連峰が目前に迫ってくる。緑鮮やかな広葉樹の森。雨を飲み込んで濁流となった渓谷。阿部さんが「言葉でいってもわがんね。まずきてめっちゃ」とよく言っていたことが実感できた。
 全国地域リーダー養成塾の第七期生で、山形県小国町役場企画課勤務の阿部英明さんにご案内していただき、小国町の小玉川という集落で農業のほかに昭和六十年から民宿を経営しながら、地域の中で頑張って生活している横山隆蔵さん(三三)を訪ねた。
 「百姓だげでは食っていがんね。んだから民宿を始めだんよ。当時は、いまのように冬のあいだも、車ば使われるなんて思ってみねがったがら、外のどさ(所に)仕事見つげるなんて考えもしねがった。背に腹は代えらんね。そんなごどで民宿を始めだんよ」
 彼は、その当時の状況を振り返ることから話を始めてくれた。「最初のころはよ、宣伝も何もしねで始めだがら、客来ねくてよ。何してるもんだがってバガ者扱いさっていだもんだ。んだげど、一人増え、二人増えしているうぢに、いまは、だいだい年間三千人ぐらいのお客さんが来てくれるようになった」。山間地域で暮らすことの厳しさ、そして「民宿」とひと言でいうことは簡単であるが、それを個人の力で軌道に乗せることの難しさ、さらに、これを乗り越えてきた彼の心の中に、この地域を選択し続けてきたものは何なのかを考えながら取材を続けることになった。 
 山形県西置賜郡小国町。山形県の西南端に位置し、両県の県庁所在地までそれぞれ約八十キロの地点に位置している。面積は七三七・五五平方キロで、山形県内最大の行政区域を有し、東京二十三区がすっぽりと入ってもまだ余りある。この広大な町土の九四・八%は、ブナを中心とする豊かな広葉樹の森に覆われ、住民の生活の舞台となる平地はわずかに三・四%に過ぎない。周囲は千〜二千メートル級の連山からなる磐梯朝日国立公園に属する飯豊・朝日の山岳に囲まれ、町域のほぼ中央部に市街地が盆地状に形成されている。市街地を中心に、東、南、北へ生活幹線道路が伸び、その沿線に九十余りの集落が点在している。気象条件は、日本海の影響を強く受け、冬季には全国屈指の豪雪地帯となる。産業は、豊かな森林と雪がはぐくむ水資源に着目した企業が昭和初期に立地して以後、山村には稀な第二次産業が基幹となっている。総人口は、一万七百十五人(平成七年国調)である。

三十年前までの農山村へのこだわり

 横山さんが住む小玉川は、小国町の中心部から西南へ約二十キロの地点に位置しており、山形、新潟、福島の三県にまたがる飯豊連峰の山懐にある。毎年、積雪は三メートル。多い年には五メートルを記録することがあるという豪雪地帯だ。この豊かな雪がはぐくむ山の幸や川の幸などの自然の恵みを、地域一帯の人びとが四季を通じて受けている。東北地方の山村に受け継がれてきた豊かな生活文化がいまも息づいている地域なのである。
 横山さんになぜこの土地にこだわるのか聞いてみた。「百姓はよ、田圃かまして、山菜、キノコ採って。ここらの衆だば、クマやウサギも捕る。そういう生活ば守っていがねばんねど思うなんよ。んだげど、いまの世の中、それだけでは食っていがんねわげだ。んだがら、こういう商売ば始めだわげ」。彼の基本は、あくまでも農村の生活文化を守っていくことにある。したがって土地にこだわるというより、昔からの生活を続けていくためにこの土地に執着しているものと思う。とかく、現金収入が多く入る手段に傾くのが世の常であるが、彼はいまの規模を拡大することは考えていないという。そうすることによって、お客とのつながりが希薄になり、農村の生活を直に伝えるサービスができなくなることに疑問を抱くからだ。三十年前まで全国の農山村にあった風景、生活様式が高度経済成長の波に押し流されてきた。これをいまに伝えようとするこだわりが、彼の根っこの部分にあり、それがいまの生活を支えているような気がした。
 横山さん自身は、小玉川の地域づくりにかかわっているという意識は持ち合わせていないようであるが、取材を通じて彼がいろいろな面で地域に影響を及ぼしていることがうかがえた。まず初めに、最奥端の地で自ら切り開いた道で成功しているということ。これは、とかく一方的な情報の受信によって、ふるさとの良さを知らずして去っていくということが多くある中で、ふるさとのありのままの姿を外に発信することによって、生活できるということを、言葉ではなく行動によって表現しているのである。このことは、同じ集落で暮らす人びとに自信を与えることにつながっている。
 また、小玉川地区にはブナの森の狩猟民「マタギ」の末裔がいる。彼は、この狩猟文化を受け継ぐ最年少の人なのだ。この集団にも、必ず世代交替の時期が到来するわけだが、そのときにこそ、彼の存在が大きく注目されるはずだ。そして、青年会、山岳遭難救助隊、消防団、集落共有財産の管理、すぐ間近に迫っているPTA…と、彼は、集落の中で数多くの役割を担っているのである。
 地域づくりは、いま知恵比べなのかもしれない。「三人寄れば文殊の知恵」ということで集団で実践する地域づくり団体の行動が注目されているが、それを支える個々の人びとがどのようにその地域にかかわっているのかを見逃してしまうことが多い。自然環境の最も厳しいところで、キラリと光る彼の目がこの小玉川の将来を明るく照らしている。

奥川入プロフィール

●設立年=昭和六十一年
●設立主体=自主的組織
●運営主体=自主的組織
●代表者=横山隆蔵
●事務局連絡先=山形県西置賜郡小国町大字小玉川五七六 TEL0238-64-2263


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