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市民が主役のまちづくりを 地域を考察し、宣言し、行動する |
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多摩大学教授 |
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望月照彦 |
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燎原の火のように、まちづくりの動きが全国に広がってきている。いよいよ、本格的なまちづくりの時代が始まっているなという実感が、地方の都市や街を訪ねると身体に伝わってくる。
二十世紀はグローバル化を地域が志向した時代だった。ウィンドウズという世界標準があって、だれでもがそれに合わせなければやっていけないというような文明型社会が先行した。しかし二十一世紀に入ると、たとえグローバルを志向しても、それは地域に他所にはない個性が存在しなかったら見向きもされないというローカルを大切にする文化型社会が見直されだした。世界と同じものでなく、地域の固有価値を自ら伝承し、またつくり出すという一八〇度逆転した視点である。
2.生活大切型社会への移行
すなわち、地域起点、コミュニティ起点といってもいい時代がやってきている。さらに、面白くない日常から離脱して、非日常としてのテーマパークなどで散財する二十世紀の刹那(せつな)型社会から、二十一世紀はその日常をより幸せに、豊かにする生活大切型社会に移行している。刺激に満ちたテーマパークではなく、幸せに満ちた日常生活を大切にする社会である。そのためには、身近な環境・コミュニティをしっかり見直さなければならない。それらの日常社会は本当に、取るに足らぬものであり、つまらないものであったかどうかを、である。
会社に終生の忠誠を誓った男たちがリタイアして、地域に帰ってくる。地域に何の縁もゆかりも持たなかった彼らが、コミュニティと出会う。そして彼らが、“会社人間”から、その逆の“社会人間”に戻れるかどうか。しかし、テーマパークに行かない彼らには、日常コミュニティを豊かにし、暮らしを楽しくするのは必然である。行政は、都市のインフラは用意するが、幸せのインフラは市民自らが生み出さなければならない。
今、全国で起こっているまちづくり運動は、その意味で行政のものではなく、市民が主導するものなのである。そしてこの数年、NPOという民間の非営利活動への道も、欧米並みでないにしても大きく開けてきた。ビジネスの形態も大きく変化してきている。二十世紀の一人勝ちを目指す大企業やベンチャービジネスの時代から、コミュニティの人びとがそれぞれの形で成功を共有するという理念を持った等身大のビジネスとしてコミュニティビジネスという発想も生まれ、各地で試みが始まっている。
高齢者介護や、自然環境の保全、リサイクルやゼロエミッション、不登校児のためのフリースクール、IT難民のための講習、中古住宅の再生など数え切れないほどの地域事業がNPOやタウン・アントレプレナー、社会起業家によって挑戦されている。
不思議なことに、二十世紀から二十一世紀に変わった途端に、これらのNPOやコミュニティビジネスの動きは急速に活発化している。市民が主役になるまちづくりのアクティビティを私が身体に感じるというのはこういうことなのである。
そして、その動きは個別のばらばらなものではなく、市民も行政も企業もそれぞれが役割を認識しながら、大きな奔流となって未来に向かってとうとうと流れをつくっていかなければならない。そのために地域にとって何がいま必要となるのであろうか。
3.イギリスの元気な街に出会って
昨年の少し秋の香りが漂いだした九月に、私はイギリスの街々を訪れる機会があった。
都市再生と中心市街地や商店街の元気づくりというテーマの視察だった。ATCM(アソシエーション・オブ・タウン・センター・マネージメント)という、まちづくりの調査団であれば必ずといってもいい訪問先であるが、私たちもそのオフィスを訪ねた。先年訪問したナショナルトラストのビルにほど近く、この辺はイギリスのNPO団体の寄り集まった所だと思えた。
ATCMは、イギリスの中心市街地の再生をサポートするNPOであり、全土の約三百のTCMをまとめている。そして街の再生の研究調査、新生・再生手法の開発、政府・行政への働き掛け、資金集めのサポート、市民へのPRといったものがその機能であるが、実際にイギリスの地域再生に目覚ましい役割を果たしている。
4.シティプライド
私たちに対応してくれたのは、ジャッキーさんというディレクターである。予定時間をオーバーして、実に情熱的なプレゼンの後、質問をした。「これまで出会ったイギリスの街々がとても元気で、とくに若者たちがはつらつとしているように思えるのは、どんな背景があるのか?」ジャッキーさんは待っていましたとばかりに胸を張って答えた。「その理由はただ一つ、市民一人ひとりが“シティプライド”を持っているからです」。その一言は、視察団全員の心を打った。
日本人である私たちは、自分が暮らす都市や地域に高い誇りを持っているだろうか。例えば自分の息子と街を歩き、街の良さや問題点を発見し、さらに暮らしやすいまちづくりについて議論したりすることはあるのだろうか。イギリスの幾つかのTCMは、空き店舗対策だけでなく、地域の小学校と組んで子供たちへの街のプライドづくりのカリキュラムを提供しているという。日本でも少しずつ始まっているが、地域や街の見直し事業の大切さを思い知らされた。そして「シティプライド」という概念は、ずしんと私の心に残った。
イギリスで次に私たちが訪れたのは、グレイブスハムというテムズ川の河口の都市だった。この都市は、かつて大陸からの旅客の受け入れ都市として、また工業地帯としても大いに栄えた街だった。ところが旅のスタイルが変わり、工業が凋(ちょう)落すると街も見る影もなくなった。その空洞化した街の再生にふんばったのが、この地域のTCMだったのだ。そのオフィスを訪れて、組織の代表でコーディネーターでもあるサンガーさんから話を聞いた。
この街の再生のコンセプトはという質問に、彼も毅然として答えた。「グレイブスハムが目指すのは“ヘリテージタウン”です。地域に残されているさまざまな資源、それが私たちの宝なのです」。
この“ヘリテージタウン”という言葉も私たちの心を貫いた。日本の街の多くは、残された古い建物や産業遺産など、価値のないものと決め付けてわざわざお金を掛けて壊してきたのではないか。すなわち、お金を掛けて地域価値を落としてきたのである。グレイブスハムにはグレイブスエンドと呼ばれるハイストリートがあって、かつては旅客や町の人びとでにぎわっていた。しかし街の凋落はこの中心街から始まり、とうとうゴーストタウンになってしまった。日本では、すぐに壊してしまうであろうハイストリートの建物群はしっかりと残されていた。
TCMのサンガーさんたちは、市の住宅開発公社や商業開発公社と組んで、この施設群の再生に乗り出した。一階は店舗、二階はアーチストたちのアトリエ、三階が住居となって開発された。ビクトリア朝の建物のデザインは懐かしい雰囲気をかもし出し、大きな評判を呼んだ。再生は成功し、街は人びとの活気、にぎわいであふれている。
市民一人ひとりの“シティプライド”を基盤として、グレイブスハムは“ヘリテージタウン”をテーマにして蘇った。まちづくりの哲学、コンセプトそして向かうべき明確な戦略テーマ、これらがまちづくりを成功させる要諦である。
5.まちづくり宣言に哲学を
二十一世紀のまちづくりにとって大切なことは、行政主導から市民が中心になるまちづくりである。そのとき、市民一人ひとりの自覚とそして地域に対する誇りが行動のエンジンになるであろう。当然ながら、市民だけが頑張るのではなく、市民と行政、あるいは企業とのアライアンス(戦略的な提携)が重要になり、また市民がNPOなどの組織に変貌していくインセンティブも必要になる。
まちづくりへの情熱、それぞれの社会セクターの結合、組織的変化などは何によって推し進められていくのであろうか。そこに「宣言」という大切な社会機能が登場する。宣言とは、これまでの多くは成し遂げられたことへの確認という役割が強かった。
たとえば、ジェファーソンらによる「アメリカ独立宣言(一七七六年)」は、イギリスの統治から自由になったアメリカの高らかな独立が謳(うた)われている。それは事後の確認でもある。
昨年の十月、小樽において全国の市長が集まって「知恵のまちづくり全国都市フォーラム」が開かれた。熱気あふれるフォーラムの後、「知恵のまちづくり宣言」が採択された。それも事後の確認であるが、しかし文面には未来への希望や情熱が高潔に謳われている。これからの地域で行われる“まちづくり宣言”は、地域の目標であり、市民や行政の共通の認識であり、活動のエンジンでなければならないだろう。
6.大分県大山町の挑戦
私が知る限り、この宣言やキャッチフレーズを使ってまちづくり(むらづくり)に早くから挑戦したのは、大分県の大山町ではなかろうか。かつて大山町は零細農業中心の貧しい村だった。そこに矢幡治美氏が昭和二十九年に農協組合長に、三十年には村長も兼ねNPC運動という独自の活動を展開する。それは有名な「桃、栗植えてハワイに行こう」というコピーになる。NPCとはNew Plum and Chestnutの略である。昭和四十五年には第三次のNPC運動が展開される。そのNPCとはNew Paradise Construction or Communityであり、「新たな理想社会の建設」という宣言でもあったのである。
大山町は幾多の困難を乗り越え、大分県が平松守彦知事のもとに、これまた有名な「一村一品運動」という標語を生み出す基礎をつくった。ここから湯布院が育ち、黒川温泉が知恵を絞るという構図が生まれたのである。「桃・栗宣言」が存在していなかったら、日本のむらおこし、まちづくりの構造は別のものになっていたかもしれない。
現在、日本の各地域で盛んに「まちづくり宣言」が行われている。自分が育ち、暮らしている街や地域を見直し、そこにある資源や宝を発見し、磨きを掛けるいいチャンスとなるだろう。私も岡山県の村で「世界一のスモールタウン宣言」とか、能登半島で「半島文化創造都市宣言」や、鳥取県の町では「家族愛の町宣言」などの面白いまちづくりのお手伝いをしてきた。そのとき本当に大切なのは、イギリスの地域で見てきたように村民や市民に心からの“シティプライド”が存在するかどうか、そしてその“地域への誇り”がはぐくまれていくかどうかということである。
「まちづくり宣言」は、分かり易くなくてはならない。しかし、その分かり易さの根底にはしっかりしたまちづくりの哲学が埋め込まれていなくてはならない。そして、実践へのプログラムが暗示されている必要がある。それが“宣言”の役割である。
しかし、難しく考えることはない。トライアルすることである。宣言をすれば皆が考える、そして行動が生まれる。市民のまちづくりは、行動からしか始まらないのだ。
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