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香川県山本町 生きている限り普通に暮らす メディコポリス構想でまちを生き生きと |
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医療法人社団和風会橋本病院長 |
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橋本康子 |
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二十一世紀、新しい技術や情報化が進む一方で、私たちの社会は超高齢化時代を迎える。その社会に対応していくため、高齢者自身はもとより、医療・福祉スタッフ、家族、地域住民というケアをする側も真剣に準備を進め、どんな社会をつくり上げていくかという心構えをしていかなければならないときが迫っている。今も、高齢者を対象にした施設づくりは着々と進んでいるが、多くは市街地から離れた地域であり、通うのにバスなどの交通手段が不可欠であり、それだけで高齢者の方々には体に負担がかかってしまう。
医療・福祉従事者は高齢者、利用者を待ち受けるのではなく、こちらから近づいていくことが必要なのではないかと考えてきた。地方都市では今、ドーナツ化現象などで商店街なのに、昼間でもほとんど人通りがなく、空き店舗が多くなって活気がなく、商売をしているのは健康に不安をもっている高齢者の方々である。そこで、われわれ医療の側が街の中へサービスの拠点を置くことで、利用者は利便性が得られると考えた。そうすれば、歩いて行ける、いつでも相談、利用できる、選択できるなどのメリットが出て、住み慣れた自宅で安心して暮らしていくことができる。医療・福祉によって商店街を活性化していくという、施設中心の福祉から、コミュニティケアの発想に基づく地域福祉の実現に取り組んだ。
「気づき」の医療
香川県の南西に位置する山本町。そこは時間までもゆっくり動いているような、田園風景が広がる人口約八千人の小さな町で電車やバス路線もなく、十数年前までは隣の財田町とともに、入院施設などはほとんどない地域だった。橋本病院が「町には病院が不可欠」という地域住民の皆さんや役場からの要請を受け、この地に開院したのは平成元年のことである。地域の人びとから望まれてできた病院であるため、基本となる理念を“地域に根づいた、患者さまに信頼される病院づくり”とし、それを大切にしてきた。
開設から十年間、さまざまな地域医療に取り組む中で、一つの答えとして出てきたのが、「気づきの医療」である。医療を行ううえで大切なことは、自分が何をしたいかということより、地域の人びとが何を望まれているか、何を必要としているかということに「気づく」ことである。その視点で見てみると、寝たきり患者がまだまだ多い地域であり、家庭介護で一番困っているのは痴呆患者の介護であることに気が付いた。そこで、リハビリテーションと痴呆の専門的医療に取り組んだ。それぞれの専門病棟を立ち上げ、ここでも、「気づき」をコンセプトに病棟運営を行った。
普通の暮らしが痴呆を改善
たとえば、痴呆専門病棟では、問題行動の激しい患者さんを落ち着かせる環境づくりとして和室と小さなグループが良いということに気づいた。ユニットケア病棟をつくり、小さい単位で家庭と同じように食事を作り、小人数で食事をする。おむつにせずトイレを使う。家庭用の浴槽で入浴をする。生活のリズムは朝起きて、トイレへ行き、布団を上げ、洗面をし、朝食を取る、という私たちが日常行っている普通の状態の再構築を行った。その結果、痴呆患者さんの状態は驚くほど改善し、何人かは自宅復帰できるほどとなった。また、リハビリテーション病棟では、自宅復帰には何が必要かを考えた。それはバリアフリーの病棟ではなく、自宅にあるようなさまざまなバリアをクリアできるような練習が必要だということであった。
その気づきにより、かなりの数の寝たきり患者さんや車いすの患者さんが歩行補助具を用いての歩行や、自立歩行で自宅復帰を果たされている。「気づき」とは、いままで思いつかなかったことを、はっと思いつく、ということである。日常業務に追われて当たり前のように行ってきたことの中に、当たり前ではないことが、数多くあるのではないかと気づくことが大切である。
患者さんを抑制する、歩ける人を車いすにとどめる、すぐに「おむつ」をする、食べることのできる人に点滴、経管栄養をしてしまうなどである。医療者、看護師、介護者の努力で、もっと人間らしい生活ができる人がたくさんいることに気づかなければならない。メディコポリス構想もそのような気づきの中から生まれてきた考え方である。
商店街へ仲間入り
暮らしというのは、学校や駅、郵便局、図書館、商店街などがあって、初めて成り立つものである。メディコポリス構想は、その地域の中で、安心して老いていくことができるというのが基本である。同構想を進めている観音寺市は、香川県の西部に位置し、穏やかな気候に恵まれた住みやすい地域であり、古くから四国霊場札所観音寺の門前町として栄えてきた。しかし近年、駅の東側の中心地である商店街の空洞化が顕著に進み、商店街周辺の地区の六十五歳以上の高齢者は平成十二年には三千人を超えた。市全体の高齢者人口のおよそ三割にも達する数字である。われわれはまず、商店街の中の空き店舗を借りて、「居宅介護支援相談所」を立ち上げた。次に、商店街に隣接して「デイサービスセンターはしもと」「観音寺診療所」、ケアハウス「鶴亀ハウス」を立ち上げ、メディコポリス観音寺グループとして、動き出している。メディコポリス観音寺は「生きている限り、普通に暮らす」を理念に、人と、医療と、暮らしがはぐくまれる思いやりのまちづくりを行う拠点であり、総合ケアセンターである。
メディコポリス観音寺
「デイサービスセンタはしもと」は近隣の高齢者を中心に毎日三十〜四十人が利用している。商店街に隣接しているため、「喫茶店デー」「お買い物デー」「外食デー」などがプログラムに組み込まれていて、利用者の実用的な楽しみになっている。また、商店主との交流や、「初めての喫茶店体験」などで外へ出ることの意欲につながっている。
一方、商店街周辺の高齢者は、自分が生活してきた街に住みながら、必要に応じて医療や福祉のサービスが利用できる。そして、自分でできることは自分で動いて行い、商いも続けていける人が増えている。それでも高齢になり生活に不安が出てきた人は、メディコポリス観音寺内にあるケアハウス「鶴亀ハウス」を利用できる。ここは老人ホームのような施設ではなく、あくまでも“住まい”としてとらえているものである。商店街の人たちと夏祭りに参加したり、バスツアーへ出かけたり、今年は「二十四時間チャリティー」に参加したりと、楽しんでいる。
空き店舗の高齢者住宅構想
メディコポリス構想は、高齢者の方がケア機能のある街の中に住むことで、社会としっかり触れ合い、併せて街も活性化させていこうというもの。今後は、商店街の空き店舗などを利用して、訪問看護・訪問介護ステーション、配食サービスなどを設けさらにサービスの選択の幅を広げていきたい。また将来構想として、商店街の中に高齢者住居を点在させることで、空き店舗の有効利用ができるのではないかと考えている。人が暮らすことで事業が生まれ、シルバー産業などにかかわる店舗、そこで働く人たちが必要になってくる。人が集まると新しい街が発展していく。
このような取り組みを広げていくことができればと願っている。
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