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大分県佐賀関町
商標登録で関あじ・関さばをブランド化
15年でさばの浜値が10倍以上に

大分県漁業協同組合佐賀関支店長

岡本喜七郎

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 大分県佐賀関町は速吸瀬戸(はやすいのせと)を望む、県のほぼ中央部の東端に位置し、北は大分市、南は臼杵市、東は速吸瀬戸を十三キロで挟み、愛媛県佐田岬と接する関あじ、関さばの町である。

「関もの」を特別扱い

 水揚げの減少、組合員の高齢化、漁協を取り巻く急激な環境の変化に対応するため、平成十四年四月一日全国に先駆け大分県下二十七組合が合併し一県一漁協の大分県漁協が発足し、佐賀関町漁協は大分県漁協佐賀関支店となった。
 佐賀関支店の組合員数は今年四月現在、正組合員四百三十九人、准組合員四百四十人、計八百七十九人を有し、組合員の八〇%が昔ながらの一本釣り漁業に従事している。正組合員の年齢構成は六十一歳以上が二百八十人、全体の六四%を占め、二十〜三十歳がわずか二人、三十一〜四十歳が十一人と、佐賀関漁業の将来を考えたときに漁業後継者の問題が大きな課題の一つである。
 主な漁業種類は、アジ、サバ、タイ、ブリ、太刀魚などの一本釣りが大部分を占めており採貝、磯建網、採藻にも従事している。
 水揚実績をみると、水揚量・金額とも減少傾向にあり、十三年度水揚額は十四億二千三百万円(うち、関あじ三億八千七百万円、関さば三億五千五百万円)である。
 瀬戸内海と豊後水道の分岐点にあたる速吸瀬戸が主な漁場であり、潮の流れが早く海底の地形が非常に起伏に富んだ天然礁に恵まれていることから、日本でも有数の一本釣り漁場となっている。
 豊富な餌によってほどよく太り、潮流の速さから身が引き締まり、関ものならではの味と歯ごたえがこの漁場環境から生まれる。関あじ、関さばはすべて一本釣りで漁獲するとともに、餌は擬似餌かゴカイしか使わないことを決めており、ここにもおいしさの秘密がある。レジャー釣りのようにまき餌で釣ると、獲れた魚が臭くなるからだ。
 大分中央市場では佐賀関から出荷するものは「関もの」として関コーナーで競売されており、昔から特別な扱いを受けている。
 仲買人の買い方も独特である、昭和五十七年ごろよりタイ、ブリ、アジ、サバ、イサキなどの活魚は「面買い」という買い方になっている。これは、魚を計量せずに泳いでいる魚を目で見て、魚の重さ、品質を目測して魚一本ずつ値段を決めるやり方であり、現在も面(ツラ)買いで魚を受け入れている。なぜ、このような方法を採るのかというと、重さを計ると魚が暴れる、魚と魚が当たると擦れて筋肉に無理がいき身が割れる、これを防止しようというもので、仲買人は昔から鮮度を大事にして商品の価値を落とさないため行ってきた。ここにもおいしさの秘密がある。

販売事業の改革

 昭和六十三年から販売事業の改革に着手することになり、全組合員にアンケート調査を実施したところ、儲けすぎているなど、仲買人に対する不満は強く、信用度が低いことが分かった。アンケートをもとに、「共同出荷方式」がいいか、「買い取り方式」がいいかを協議した結果、魚価の安定と組合員の収入を上げるには買い取り方式が適しているという結論に達した。しかし、これは組合員の自由選択となっている。
 買い取り方式は、漁業職員が組合員と相対で値段を決め直接買い付けるもので、あとは組合の判断で市場への出荷量・出荷先が決められる。それまで何十年間も漁協は直接販売などを行ったことがなかったので、大変苦労した。この時の漁協の一元管理がその後の関あじのブランド化に当たっての伏線になったと思われる。
 漁協が直接販売をすることをPRするため、大分県一村一品運動のイベントにおける販売、県水産振興祭や町産業文化祭での販売、グルメ番組やテレビ、雑誌の取材の対応を積極的に行った。県水産振興祭は毎年別府市で開催されているが、当初、関さばの刺し身を別府市民が全然受け付けてくれなかった。これに対して、ぜひ関さばを刺身で食べてもらいたいとの努力が実り、二年後には関さばが飛ぶような売れ行きを示し、人の波ができるような反響を見ている。

販売戦略を強化

 昭和六十三年日本文理大学の藤沢先生より、関あじ、関さばの販売戦略について、(1)地元市場の重視(2)県外を重点とするブランドの確立(3)多様な流通ルートの模索(4)産地出荷体制の強化─の四点を内容とする推進方策の提言があった。
 元年からは大分県、佐賀関町より補助金を受け、水産物販売流通促進事業の取り組みを始めた。まず、福岡市を県外重点市場として、福岡中央卸売市場内の会議室に市場関係者を招待して関あじ、関さばの試食会などを催した。二年には北九州中央卸売市場内で、また、三年には築地魚市場内で、四年には大阪中央卸売市場と相次いで料理店、デパート、マスコミ、地元出身者を招待してキャンペーンを開催し、関あじ、関さばの試食と懇談を行った。東京でのキャンペーンを開催するに当たり当初、有名ホテルを会場としてお願いしたが、ホテル側からサバの刺身の取り扱いはできないと断られたことがあったが、今は関さばの良いものが揚がれば東京に七〇%以上は出荷するほど主力市場となっている。
 こうした市場開拓ができたのも、大分県、佐賀関町、漁協が三位一体となってブランドの確立に取り組んだことによるものである。また、高値でもどんどん売れたバブル期であり、これにグルメブームが重なるなど取り組みを行った時期が良かったのも幸運であった。
 マスコミに取り上げられる機会が多くなり、関あじ、関さばが高級ブランドとして定着すればするほどアジ、サバの代名詞化し、関あじ、関さばの偽物が横行するようになり、苦情を受ける回数が多くなった。このため、消費者に安心して賞味していただく方法を検討した結果、四年十月商標登録を申請、八年十月商標登録の認可を受けた。九年九月には大分市のホテルにおいて、「関あじ、関さば商標登録・特約店制度の発表会」を開催した。これを機に、十月からは注文のあった関あじ、関さばには一匹ずつ尻尾にシールを付けて販売するとともに、漁協と継続的な取り扱いのある店に特約店看板を掛けてもらうことにした。
 ブランド化に成功したことで魚価は急上昇した。昭和六十三年から平成元年まで関さば一本の漁民から買う浜値は二百五十円だったのが、今年一〜三月には二千五百〜三千円。末端価格は東京、大阪は六、七千円、地元大分でも五千五百〜六千円となっている。およそ十五年で、浜値は十倍以上値上がりしたことになる。一方関あじは、昔から関ものの代表魚種として高値で取り引きされてきたため、一本二千円と倍の値上がりにとどまっている。

関あじ祭りで町外と交流

 こうした状況もあって、地元の町民から関あじ、関さばは高い、口に入らない、漁協は東京に目を向けすぎて地元のことは考えてないと不満の声を聞くことが多くなった。そこで、町と協議して、JA、商店街に声を掛け、十三年二月漁協魚市場周辺を会場に第一回関あじ、関さば祭りを開催、町外からのお客さんにも好評であった。本年二月の二回目の祭りでは、高速道路の開通もあり県外からもお客さんが多く来町した。このお祭りで町外との交流人口を増やし、町、活性化のため継続していきたい。
 最後に、ブランドとは消費者が信用し、安心して買う物であると思うので、消費者に品質のよい関あじ、関さばを提供していきたいと思っている。


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