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神戸市
「ここにしかない」をマーケティング戦略に
職人の手づくりが見えるまちづくり

財団法人神戸ファッション協会事務局長

平原 實

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北野工房のまちのスケッチ

 午前十時、正面玄関の門扉が開かれる。北野工房のまちのOPENである。春秋の観光シーズンともなると、併設の観光バス専用の駐車場に、予定時間より早く到着していた団体客が、OPENと同時にどっと館内に流れ込んできて一日が始まる。館内では洋菓子、和菓子づくりの作業が始まっており、廊下を挟んで立ち並ぶ工房のあちらこちらから甘い香りが漂ってくる。「私がつくった生チョコです」とパティシェが自ら店頭に立って、自慢の商品を笑顔で勧める。差し出された試食品で美味しさを納得すると、つい財布のひもが緩んでしまう。あちらこちらの工房からも試食品を手にしたスタッフが店頭に出てきて、“TRY ONE”を来館者に呼び掛けている。それらの試食品にTRYしながら、ギシッギシッと鳴る音に懐かしさを感じつつ階段を上って行くと二階フロアだ。おしゃれなフォルムのシューズが目に飛び込んできた。思わず中に入って手に取ってみて、その軽さにびっくりする。靴づくり四十数年の熟練のマイスターが麻ひも一本で縫い上げたシューズだそうだ。「五年は保証します。手入れさえしていただければ十年は十分に履けます」と工房スタッフは自信あふれる顔で言い切る。その隣の工房に歩を進めると思いがけない光景を目にすることになる。和紙をすいている光景である。和紙をマテリアルとするちぎり絵教室を全国展開する企業のファクトリー兼ショールームなのだ。店内にはアートなちぎり絵作品や和紙グッズが並んでいる。神戸の都心部で紙すき風景に出会うとは思わなかった。押し花のアートクラフト工房を覗いて見ると、そこには作品づくりに没頭する親子がいた。ほかにも、CGテクノロジーを靴づくりに活かしたオーダーメードシューズ工房、真珠の街・神戸らしいパール工房など見るだけでも楽しい施設である。知らない間にデート中の若いカップル、修学旅行の高校生、小旅行で訪れたとおぼしきグループ、にぎやかな団体旅行客などで混み合ってきた。ちょっと一休みとカフェに入る。コーヒーを飲みながら見ていると、シュークリームやケーキを持って入ってくる姿がある。OKなんだそうである。カフェはレストスペースでもあるということだ。そのうち、ジャズの演奏が聞こえてきた。なかなかの腕だ。音をたどって三階に上がってみると、ライブの真っ最中であった。無料の公開イベントで、たびたびいろいろな催しが行われているそうだ。もちろん、楽しませてもらった。気がつけば半日近くをここで過ごしたことになる。

初めにコンセプトありき

 北野工房のまちの概要をルポ形式で紹介した。テナント数二十、延べ床総面積約二千平方メートルという小さな商業施設であるが、平成十年七月のオープン以来五年目を迎えている現在、平均年間来館者七十五万人、年間平均の観光バス誘致台数一万台という動員実績を示し、周囲からは成功事例と評価されている。現在も、廃校になった元小学校校舎の再活用事例として多方面の耳目を集めている。確かに校舎の保存が条件ではあったが、その前に“工房のまちづくり”という構想があったことが成功の要因であることを強調しておきたい。それも明確なコンセプトのある構想であった。たまたま、その構想に理想的なハードとしての元小学校の校舎があったということである。以下に北野工房のまちコンセプトについて記すこととする。

ものづくりを見せる

 商業施設であるのだから来館者が主役であることは当たり前である。その一方で来館者を迎える側の主役は職人であると明確にしている。大量生産システムの中で職人の影が薄くなり、手づくりの良さが失われてきた。これではよくない。手づくりの良さをなくしてはならない、技は継承しなければならない。職人がスポットを浴びる主役の場を作らねばと“工房のまちづくり”の構想が生まれ、提唱されたのである。
 構想を具現化するために、基準ブース面積九坪弱の四割の空間が主役である職人がものづくりにあたる場とし、かつ、その姿が来館者に見えることを入居条件としている。来館者にとっては“つくり手の顔が見える”こととなり安心感につながり、職人たちには見られているという意識が仕事に対する“甲斐”につながり、励みとなっているようだ。彼らから「工場にはなかったお客さんとの交流が楽しい」と言う声がよく聞かれる。
 北野工房のまちは神戸の都心部に位置し、神戸を代表する三宮、元町の大商店街に至近の距離にある。したがって、差異化戦略がとりわけ重要であった。小さくてもキラリと光る存在であること、あり続けることが求められた。そこで生まれたマーケティング戦略が“ここにしかない”である。テナントにはモロゾフ、本高砂屋、UCCなどの全国展開の企業があり、近くに店舗がある。これらのテナントには、他の店舗の品揃えにない北野工房のまちだけの商品を一点以上持ってもらうこととした。それ以外のテナントは北野工房のまちの外に同種の店舗を持たない企業である。それらの企業にはベンチャーがあり、サクセスストーリーも生まれている。
 また、制約の多い食関係工房も含めて、押し花、ちぎり絵、オリジナルアクセサリー、タルトケーキ、オリジナルブレンドコーヒーなどの手軽に廉価で体験できるメニューを取り揃えた“モノづくり体験教室”展開に注力し、フリーの来館者にも団体客にも好評を博している。
 神戸の代表的な観光名所・異人館街を持ちながら、北野地区には北野工房のまち誕生まで観光バスの駐車場がなく、観光客誘致のネックになると同時に地域住民の生活環境の阻害要因ともなっていた。震災被害と少子化のために廃校となった元小学校の校庭を活かした大型観光バス二十一台が収容できる駐車場の実現は素晴らしいソリューションとなった。異人館街観光の拠点として機能する駐車場は、北野工房のまちに欠かせない集客の装置となっている。
 昭和六年に建てられた大正モダンの香りと港町・神戸らしい和・洋・中折衷の建築様式の元校舎はレトロかつおしゃれな雰囲気を醸しだしている。また、親しみやすいサイズで構成された空間は人と人の触れ合い感、にぎわい感を五感で感じられる濃密な空間となり、温かく懐かしい空気がいやし効果を発揮している。
 これらのことが北野工房のまちをキラリと光る存在とし、デフレ不況の続く中で顕著な安・近・短のレジャー指向とともに、モノのあふれる成熟社会における消費者指向…時間消費および個性化のニーズにはまったことが健闘の大きな要因であろうと思われる。

キーパーソンの存在

 筆者はOPEN作業にかかわったものの、コンセプトメーキングにはかかわっていない。そこに構想の提唱者であり、現在もテナント会のボランティア顧問として献身的にかかわっておられるモロゾフの前会長・松宮隆男氏のリーダーシップがあったということが重要である。このような事業においてはキーパーソンの存在が欠かせないものと考える。また、お役所臭を感じさせない神戸市の柔軟な対応もまた特筆すべきである。それらが十一カ月余の短期間に構想を具現化した大きな原動力となった。


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