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山梨県韮崎市 平成かかしカーニバル実行委員会 まちづくりの主役に「かかし」登場 住民ら共同で製作・出品、産品も考案 |
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(財)地域活性化センター総務課副参事 |
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宮本明人 |
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高崎、大船とともに関東三観音に数えられる「平和観音」、鳳凰三山への登山コース途中にある「五色ケ滝」、そして韮崎高校出身で、イタリア・セリエAで活躍するサッカーの中田英寿選手など、山梨県韮崎市の“地域資源”は数多い。
反対の長老たちを説得
そんな中、田園風景で見慣れた「かかし」を韮崎市の地域資源の一つにつくり上げた団体がある。それが今回、紹介する「平成かかしカーニバル実行委員会」である。
設立は、事務局長の真壁静夫さんが、平成五年に世帯数五十戸の宇波円井区の公民館長に就任したのがきっかけだ。
当時の公民館活動は、皆無に等しい状態であった。なんとか地域を活性化させようと真壁さんは、他の公民館役員とともに各種組織の代表で構成される運営委員会を発足させた。そして、親子映画会や健康教室を開催するなど、積極的に活動を展開したが、満足できるものではなかった。そこで、みんなで今一度、自分たちの住む地域について見直してみよう、ということになった。
当地も過疎化が進行し、農家の兼業化も進み、商業の発展性もない、ということで、公民館活動も人材育成など一般的な教養活動的なものだけでは、みんながついてこないだろう。子供たちが将来、当地に定住して親たちの跡を継ぐようにするには、もっと地域を活気づかせ、多くの人びとがこの韮崎市を訪れるように、何かイベントをやってはどうか、というのが大方の意見だった。
ところが、いざ、それを実行に移したところ、長老たちの間から「この地域には何もないよ、あったらとっくに活用している。やっても無駄だ」という批判がわき起こった。真壁さんは「何にもないなら、新たに何かをつくり出せばいいんだ。どんな地域にも地域資源はあるのだから」と反発しつつも前向きで取り組む姿勢を打ち出した。
まず始めたのがイベントの題材探し。幸いにも、この地域はおいしいと評判の武川米の産地であり、全国三大堰(せき)ともいわれる徳島堰の源にも当たる。それらを生かす道はないか、と考えられたのが、米所という地域特性である。それなら昔からお米を鳥獣から守ってきた「かかし」をテーマに使ってみてはどうか、ということになった。
真壁さんは、こうした考えを長老たちに説明し、根気よく説得して回った。その結果、平成六年、ようやく実行委員会の立ち上げに成功、イベント開催に向け動き出すことができた。
関東のバスツアーも受け入れ
イベントの実施が決まったことで、住民は積極的にこれに協力、サッカーのラモス選手やアニメのセーラームーンなど、当時の世相を反映した三十一体のかかしが、住民らの共同作業により製作・出展されたのである。会場の飾り付けや撤去も地元の消防団が担当、まさに地域一体の取り組みとなった。
このイベントは、新たな地域産品をも生み出した。その名は「かかし汁」。材料は、地域の名産つぶら米を使った三分粥(がゆ)に、鳥肉のささみのみじん切りを入れ、色合いをよくするために人参とさやマメを入れ、醤油味でアレンジした。これを生み出すのに婦人会は何度も試作を重ねた。こうした努力の結晶が実ったのである。
試行錯誤を続けながら、イベントはこれまで順調に回を重ねてきたが、昨年開催された第七回大会は記念すべきものとなった。それは実行委員会が発足当初から夢に描いていた、東京近郊からのバスツアー受け入れが実現したのである。
かかしを展示する国道20号線沿いは、観光バスにとって周辺に見所もなく、カラオケで時間を費やすことから「カラオケ街道」と呼ばれ、長野県方面への通過道になっていた。ところが、イベントの評判が高くなってきたことから、観光関係者からツアーバスの乗り入れ話が持ち込まれた。関係者の視察、綿密な打ち合わせが続いた後、ついにツアー受け入れが決定したのである。
ツアー会社から持ち込まれた計画は、バス二百台でツアー客約一万人。しかし、これを受け入れるには駐車場やトイレの問題をはじめ、解決しなければならない問題が数多くあった。中でも魅力ある農産品やおみやげ品を販売する売店をいかに確保するかが課題であった。そこで実行委員会では、新たに「かかしふれあい市組合」を設立した。
長嶋巨人や雪印牛乳も
組合の役割は、売店、駐車場の借り上げ、商品の仕入れ・販売、出店業者の募集など、イベントに伴う商業活動であり、かかしの募集・管理などの実務的な面は従来どおり実行委員会が担当した。この組合方式を導入したこともあり、従来は八月下旬から三週間の開催期間が、一週間延長された。また、コンテストの表彰を行う大祭典日の一日のみ出店していた売店も、開催期間中ずっと出店されることになった。
主役のかかしも、読売ジャイアンツのペナントレース独走を記念して、長嶋茂雄監督のかかし、雪印の食中毒事件を受けた巨大牛乳瓶かかしなど、世相を反映したおよそ二百十体のかかしが出品された。展示会場となった国道20号線沿いの田んぼでは、期間中多くの来訪者の笑い声で満ちあふれた。
前年の開催時に、地域の婦人グループが七十体作製・販売して好評だった「かかし人形」を、今度は五百体作製したところ、直ちに完売するほどの売れ行きだった。
このように、実行委員会をはじめ、多くの地域住民の協力により、初めてのバスツアー客の受け入れは大成功に終わった。
内容を刷新、リピーターに期待
今後の運営について真壁さんは次のことを考えている。まず一つは、出展作品の質を高めること。二つ目はかかし作りを通じて地域住民の生きがいづくりに結びつけること。三つ目は来訪者が多くなることで、交通対策など安全面での充実を図ること。四つ目は来訪者が、また訪れたいと思わせるようなイベントにすること、である。
イベント名に「平成」を入れたのは、かかしに対して単にノスタルジアを追求するのではなく、常に新しい感覚で時代に対応したい、という願いがこめられている。実行委員会のメンバーが、そのことを念頭に置き、企画内容の刷新・充実に努めていけば、これからも毎年、初秋の韮崎市は多くの人と、かかしで賑わうことだろう。
平成かかしカーニバル実行委員会プロフィール
●設立年=平成六年四月
●設立・運営主体=自主的組織・実行委員会
●代表者=高左右幹雄
●会員数=七十二人
●事務局=韮崎市円野町下円井644
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