![]() |
||||||||||||||||||||||
|
|
||||||||||||||||||||||
|
|
||||||||||||||||||||||
まちへの想いと人をつなぐ製塩事業〜まさに「塩結び」
1 まちづくりの志を形に−「塩」への着目
宮城県塩竈市は、人口58,097人、面積17.85km2の市である(平成21年4月現在)。取組のきっかけは、平成19年に「まちづくりの志を形に、アイデアをビジネスに」という合言葉のもと、「まちづくり会社」の設立を模索するワークショップが塩竈市主催で行われたことであった。参加者が「塩竈に欠けていて、かつ必要なものはなんだろう?」ということを真剣に模索した答えが「塩」だった。 市内にある御釜神社には、古代から4口の竈が安置されている。その竈を使って、塩土老翁神が製塩を行ったと伝えられており、このことがまちの名の由来になっている。古代の製塩方法は、現在も続く「藻塩焼神事」に垣間見ることができる。ワークショップでは、藻塩の本家・元祖ともいうべき塩竈の地になぜ塩が存在しないのかという素朴で強い欠如感に、参加した誰もが「塩」こそがまちづくりの求心力になり得るだろうという予感を感じた。 こうして、このワークショップは、「有限責任事業組合 顔晴れ(がんばれ)塩竈(しおがま)」(以下「顔晴れ塩竈」という。)の設立という形で結実し、「塩づくり」の取組が始まった。 2 古来の製法を踏襲した「塩づくり」の取組 「顔晴れ塩竈」の「塩づくり」は、古来の塩の製法を踏襲したものである。当初は海水を煮詰めるための燃料費の高騰や海水の運搬方法の問題などを抱え、しばらく暗中模索状態であった。しかし、平成20年に、塩釜商工会議所が進める「みなとブランド構築事業」に採択され、製塩とサンプル製造の支援を受けられることになり、事業化が加速した。また、「みなとブランド構築事業」そのものも、地元の「塩」という核を得ることができた。これにより、次々と地場産品の試作品化が相次ぎ、新聞・テレビに取り上げられる機会も多くなっていった。核である「塩」の試作品の評判は、上々であった。
こうした伊藤氏の行動は、多くの市民を巻き込み、事業化のキーパーソンとなる及川文男氏と出会うきっかけにもなった。そして、二人の志が共鳴し、事は一気に進み、及川氏の自社工場に製塩の竈を据えることになった。古い回転釜の補修、燃料の配管、竈の基礎工事、海水貯蔵タンクの確保、レンガ積み、ステンレス製の竈の設置、煙突のためのダクトの設置、塩竈石を切り出しての竈組みなど、できることはすべて自分たちで行い、できないことは多くの仲間が助けてくれた。 こうして平成21年4月10日には「塩竈石製の製塩竈」に火が灯され、塩土老翁神が伝えた製塩の地、塩竈に塩づくりがよみがえっ た。
「塩竈石製の製塩竈」では、現在は月約200キロの「塩竈の藻塩」の製造販売が行われ、地元産の塩に共鳴してくれる多くの協力店により、菓子、ラーメンなどに使用され、多様な広がりを見せ始めている。 「塩竈の藻塩」は、まちに対する想いの結晶である。応援してくれる人も多くなり、市内の販売協力店のみならず、間に立ってくれる企業の助力により、平成21年8月上旬には宮城県、福島県及び青森県の生協で販売が開始された。また、10月には宮城県、JR東日本、日本レストランエンタープライズなどの応援を得て、塩竈の名産を詰め合わせた駅弁「塩竈の藻塩弁当」が登場し、好評を博している。 有限責任事業組合だった「顔晴れ塩竈」も、安定経営のために合同会社となり、市の委託事業などで雇用を増やし、体制を強化することができた。安定した品質と量の藻塩を継続して供給していくためにスタートしたばかりの製塩事業は、まちへの想いを原動力に、今なお試行錯誤を続けている。
「塩竈の藻塩」は、現在80g500円で販売されている。原料の海水こそ無料であるものの、運搬費、人件費、燃料代などの関係でこれ以上価格を抑えられない。このため、土産や試し買いで購入されているものの、将来的に継続した購買が確保できるかは未知数である。また、地場産品のかまぼこなどの水産加工物への藻塩の活用は、価格がネックとなり、広がりにくい状態になっている。価格を抑えるには、海水の塩分濃度をコストをかけずにいかにして高くするかが最大の課題である。 今後は、「塩竈の藻塩」が企業や市民から継続して購入され、安定して支持を得られるよう、地元の塩を使った地場商品のネットワーク化に取り組みながら、藻塩の元祖の地として、製塩竈そのものを観光資源や体験学習の場として整備していきたいなどの構想が広がっている。
|
||||||||||||||||||||||
|
|
||||||||||||||||||||||
|
|
||||||||||||||||||||||