事例2)
青森県風間浦村
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歴史遺産を地域資源に再生し交流人口の拡大を図るメモリアルロード


大間鉄道の由来


メモリアルロード全景
1 悲しい歴史を後世に伝える
 青森県風間浦村は、人口2,520人、面積69.60km2の村である(平成21年4月現在)。ここを通る大間鉄道は、昭和14年に下北半島の農林水産資源の輸送や本州と北海道を結ぶ最短路線として期待される鉄道であった。しかし、太平洋戦争への突入とともに、大間の軍事施設への物資補給路線として完成が急がれることとなった。
 戦況が日増しに悪化する中、桑畑までの基礎工事(16km)が終了した後、昭和18年2月に突如として工事が中止された。残されたのは、津軽海峡の海沿いの難所に点在する「戦争の遺跡」とも呼ばれる鉄道の軌道敷、陸橋、トンネルなどの構築物だけであり、今もなおその原形を留めている場所もある。
 当時の鉄道建設にあたったのは、朝鮮半島から連れてこられた朝鮮の人々だった。その頃、彼らは棒頭(監督)の監視の下、厳しい労働を強いられていた。中には、過酷な労働に耐えかね脱走した者もいたらしい。
 風間浦村は、この悲しい事実を後世に伝えるとともに、戦争の歴史的な遺産を観光資源として発掘し、下風呂温泉郷の新たなランドマーク、「大間鉄道アーチ橋メモリアルロード」として再生することとした。その背景には、観光事業に携わる人々、特に旅館組合の「女将の会」(会長:角谷マサ子氏他8人)の要請があった。


駅舎

駅名表示
2 「大間鉄道アーチ橋メモリアルロード」の環境美化の取組
 風間浦村は、下風呂温泉郷の魅力をさらに向上させるため、平成14年度から平成15年度の2ヵ年の継続事業で、旧大間鉄道の陸橋の大規模な補強改修工事を実施し、「大間鉄道アーチ橋メモリアルロード」(総延長距離270m)としての再生を図った。
 このメモリアルロードには、駅舎や軌道敷を復元し、足湯を併設するなどの観光的要素を加えた。また、ここは、海峡いさりび公園内にある文豪・井上靖先生の文学碑、学校法人同志社の創設者である新島襄先生の帰港記念碑への散策路コースになっている。さらに、下風呂漁協の荷捌施設においては、旬の鮮魚の荷揚げ風景を見学することができるようになっている。
 「女将の会」は、このメモリアルロードの景観を保持し、観光客の誘客と交流人口の拡大につなげるため、毎年4月から10月までの7ヶ月間、週2回、旅館業の合間を見て会員が交替で清掃活動を行っている。この取組には、平成21年中は、延べ172人が参加した。
 また、「女将の会」は、清掃活動を通じて地域のシンボルを守り、幻の大間鉄道の悲話を訪れた人々に伝えている。


温泉街
3 事業の成果−誘客(地域間交流)のシンボルに
 「大間鉄道アーチ橋メモリアルロード」は、再生して6年が経過した。このメモリアルロードの整備と清掃活動によって、通年の交流人口が徐々に増えてきており、着実にそ の成果が見られるようになった。また、歴史的遺物の再生がなされ、かつ、地域の活性化にも確実に結びついてきている。

4 今後の情報発信
 風間浦村としては、観光客数が年々減少しているなか、下風呂温泉郷に再び賑わいを取り戻すためには、この地域資源を効果的・有効的に活用することが重要であると考えている。そうした中で今後この歴史的遺産をどのようにして全国に伝え広めるのか、いかにして交流人口を伸ばしていくのかということが課題である。
 「女将の会」の一部の会員は、情報発信の手段としてホームページを作成している。しかし、その内容は自己の経営する旅館・ホテルのPRが主流であり、清掃活動の内容やメモリアルロードを観光スポットの一部として紹介しているだけである。そこで、「女将の会」としては、商工会、下北観光協議会、行政に対して、自らの活動内容を報告することにより、新たな観光資源としての広域観光ルートの位置付けを強力に働きかける予定である。また、清掃活動も継続して行い、地域資源の環境の美化と観光客の誘客による地域間交流を図り、地域の活性化に積極的に取り組むこととしている。

■事 業 名:大間鉄道アーチ橋メモリアルロード清掃活動事業
■事業開始年度:平成16年度
■事業主体:おかみの会(下風呂温泉郷旅館組合)

連絡先
総務課
TEL 0175−35−2111
FAX 0175−35−2403


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