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地域資源と産業遺産の組合せによる地域課題の解決−「小樽がらす市」
1 小樽市とガラス製品
このきっかけを作ったのは、浅原健蔵氏と淺原千代治氏という同じ姓をもつ二人の人物である。浅原健蔵氏は、小樽で初めて石造倉庫を店舗に活用し、販売拠点としての成功例を示した。また、淺原千代治氏は、自ら工房を開設して、制作過程の公開や制作体験という方式を取り入れた。二人の店舗や工房は、観光客を中心に評判となった。その後、市内外で修行を積んだガラス工芸作家といわれる人たちが独立し、小樽に工房を開業するようになった。現在では10を超える工場や工房が集積しており、こうして小樽市の「ガラスのまち」としてのイメージが強化されてきたといえる。 この「ガラスのまち」小樽市の活性化を図るため、小樽商工会議所は、平成17年度から3年間中小企業庁の「JAPANブランド育成支援事業」を受託した。この事業は、産学官連携による「OTARU−ガラス工芸品の世界ブランド化プロジェクト」を通して、小樽市のガラス製品のブランド化に取り組むものであった。この事業の 受託期間が終わりに近づいた頃、関係者が集い、新たな方法で小樽市のガラスをPRすることができないか検討した。すると、浅原健蔵氏との取引が縁で東京から小樽市に移った出口新一郎氏から東京の「すみだガラス市」のような事業を小樽市で実施できないかという提案があった。これを契機に検討が行われ、開催が決定されたのが「小樽がらす市」である。 2 ガラス製品と産業遺産との組合せによる取組 小樽市内の工場や工房で製造されるガラス製品は、主に同市を訪れる観光客に土産品として購入されている。そこで、「小樽がらす市」は、@地産地消の観点から地域住民にもっとガラス製品を使ってもらうこと、A「ガラスのまち」としてのイメージをさらに強化することを目的として開催が決定されたものである。平成21年度は7月24日から26日の3日間にわたって開催され、開催に当たっては産学官からなる実行委員会も組織された。 この「小 樽がらす市」は、ガラス製品という地域資源と小樽市の産業遺産を組合せる取組である。元々市の中心部には1880年に北海道で最初に開業した国鉄手宮線が産業遺産として残されていた。小樽市は、ここを、歴史性を重視し、既存鉄道施設を保全しながらオープンスペースとして整備した。この場所は、小樽市ゆかりの作家・伊藤整氏の詩集に由来する冬のイベント「小樽雪あかりの路」の主会場になっている。「小樽がらす市」も、ここが会場とされた。
この事業は、産業振興の面からは、新たな顧客の確保、工場や工房の売り上げ増につながると考えられている。また、観光の面からは、露店を眺めながらゆっくりと散策を楽しむことができることから、観光客の滞在時間の延長に効果をもたらすと考えられている。 4 今後の産業と観光の連携 ガラス製品という地域資源と産業遺産を組み合せる「小樽がらす市」は、話題性があるだけでなく、小樽市らしいイベントである。このため、将来的にも観光客の滞在延長につながる新たな観光資源になりうる可能性がある。 今後は同じ会場において、夏は「小樽がらす市」が、冬には「小樽雪あかりの路」が開催されることになっている。相互にPRを行うことにより、相乗効果が期待されている。小樽市は、こうした産業と観光の連携を図る取組を進めることにより、地域の活性化につながると考えている。
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