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事例6 熊本県植木町

地域交流サロン「ばあちゃんち」
暮らしの作法を伝承する
地域交流サロン「ばあちゃんち」
〜生活の知恵を体験しながら共有する「地域の大きな家」〜

●データファイル


真ん中で座っているのが、太田隈さん
独居老人宅が地域交流サロンに
  もうすぐ80歳を迎える太田隈フジエさん宅は、毎日、多くの親子連れや地域の人で賑わっている。独居老人が実際に住んでいる家を利用して、子育て支援をしている交流サロン―それが「ばあちゃんち」だ。
 「ばあちゃんち」は、熊本県植木町にある。熊本市の北側に隣接する植木町は、人口約3万人の緑豊かな自然が残る農村地帯で、熊本市のベッドタウンにもなっている。
 「ばあちゃんち」は、築100年以上を経た熊本地方の典型的な民家で、納屋や井戸などを備え、家の間取りは「田の字形」をしており、襖をはずせば広い座敷になるのが特徴。玄関を一歩入ると、土の土間がひろがり、左手には昔懐かしい縁側がある。
  この「ばあちゃんち」は、子どもから高齢者まで、地域の多くの人が気軽に集い交流する中で、地域の食や暮らしをトータルに学んでいけるような「地域の大きな家」になることを願い、平成17年10月に開設された。


「ばあちゃんち」外観

「ばあちゃんち」の座敷にて
地域交流サロン「ばあちゃんち」オープンに至るまで
 「ばあちゃんち」は植木町にある2つの子育て支援センターの企画で生まれた。
 「ばあちゃんち」のノウハウは、平成13年度に子育て支援センターや民生委員、小学校、PTA、保育園保護者会等により結成された「植木町子育て応援団」の中で築かれていく。
 「植木町子育て応援団」は、熊本県の「子育て応援団事業」の補助を受け、子どもの健全育成のための居場所づくり、子育て不安解消のための交流・人作り、地域で子どもを育む力や地域力を回復するための情報提供などの事業を展開。平成15年度は、小学校、保育園連携の食育事業をコーディネートし、地域連携の中で大豆や小麦の収穫、味噌や納豆の製造、調理などを実施してきた。
  平成16年頃には「植木町子育て応援団」の活動が成熟してきたこともあり、2つの支援センターの他にもうひとつ活動の拠点があればと考えていたところ、先述の太田隈さん宅を紹介された。
  太田隈さんは体調が優れず、入退院を繰り返していたが、「私は子どもが好きだけん、来てくれることは嬉しい」という言葉で、太田隈さんの家を貸していただくこととなり、地域交流サロン「ばあちゃんち」がオープンした。


「いきいきサロン」キムチ作り

じゃが芋植え
地域に開かれた大きな家
 「ばあちゃんち」は、祝祭日を除いて、毎日9:30 〜 15:00まで開設されている。2つの子育て支援センターから毎日2名が訪れて対応する他、運営は子育てサークルをはじめ、多くの地域ボランティアがサポートしている。利用は無料だが、費用がかかるときは実費を徴収することとしている。
  かつて地域全体にあった近所のおじさんやおばさんが気軽に子どもに声を掛ける雰囲気が「ばあちゃんち」にはごく自然に生まれている。少子化や核家族化が進んだ現在では、子育てが親子関係に終始してしまうことが少なくない。子育てを親子だけで抱え込むのでなく、地域全体で支える地域に開かれた大きな家にしたいとの思いがここにはある。日によって異なるが、毎日10組程度が訪れているという。近隣の住民が代わる代わる立ち寄ることで、新たなコミュニティも形成されてきている。

生活の知恵を伝える「地域の台所」
 「ばあちゃんち」は子育ての悩みを解消する憩いのスペースとしての機能だけではなく、生活の知恵を伝える「地域の台所」、地域に生きるための暮らしの作法を伝承する場というコンセプトがある。
 「ばあちゃんち」には約5,000m2の畑があり、大豆や小麦をはじめ多くの農産物を生産している。今年の収穫量は大豆が約150kg、小麦が約200kgにのぼる。作物は、管理を地元の専業農家の方に協力・指導いただきながら、「ばあちゃんち」に訪れる親子やお年寄りによって育てられている。子どもたちは草を刈り、土をこね、何もない状態から、日々の世話を経て、食べるものを作るという体験をしていく。
  子どもたちが収穫した大豆は地域の人と一緒に、昔ながらの方法で納豆、豆腐、みそ、きな粉に加工される。小麦は小麦粉にし、手打ちうどん、団子、てんぷらになる。干し柿・梅干・こんにゃくなどを作り、かまどでご飯を炊き、炭火で魚を焼く。子どもたちは、五感に訴える体験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得していく。「地域の台所」というのは、様々な活動体験を通して、地域の食と文化を継承していく場所をイメージしている。
  地域の食と文化を継承しているのは、子どもたちだけではない。親もまた、体験の中で学んでいる。「ばあちゃんち」では、「暮らしの伝承塾」や「父ちゃんの出番塾」等で、親が生活していく知恵を養えるような取り組みを行っている。それぞれの講義は地域の熟練者たちが担当する。生活する技術を身につけることで、親の生きる自信を回復させたいとの考えがある。「ばあちゃんち」は子どもだけでなく、親も育てている。


もぐらうち(モグラの害を防ぎ、農作物の豊饒を祈願して小正月に行う行事)

収穫した小麦で団子作り
体験の共有が地域の共同性を育む
  太田隈さんは「ばあちゃんち」が開設されてからは体調も回復し、子どもや親に畑の世話の仕方、くわの扱い方、漬け物の漬け方などを教えてくれる知恵袋として、活き活きと活動に参加している。
  また、「ばあちゃんち」が地域の人々とのコミュニケーションの場となり、孤立しがちな子育て期の親子にとって、大事な時間を提供している。毎月第2水曜日に高齢者向けの行事「いきいきサロン」を開催することで、親子連れだけでなく、高齢者も気軽に立ち寄ることができるようになっている。子育てのロールモデルが身近にいることは親にとって心強く、子育て経験者から直に教わることで、親の育児不安が解消されていく。世代を超えた人とのつながりができ、温かい人間関係を築けるサロンになっている。
 「ばあちゃんち」は様々な生活の体験活動をとおして親子が共に育つことができる場となっており、暮らしの体験の共有により地域の共同性が培われている。生産された農産物や加工品は、毎月第3土曜日に開催される「くまちゃん市」(バザー)などで販売され、その余剰金を「ばあちゃんち」の運営費に当てている。子育て支援サービスの提供を受けている親子が、農産物や加工品の生産というサービスによって「ばあちゃんち」の活動経費を生み出している形になっており、できるだけ行政に頼らない活動が行われている。

データファイル
地方公共団体名:熊本県植木町
人口:30,962人
年齢別人口比率:
  〜 14歳 14.1%/15 〜 64歳 62.7%/65歳〜 23.2%
面積:65.81km2
事業名:地域交流サロン「ばあちゃんち」
事業年度:H17年度〜
事業主体:植木町地域子育て支援センター
関係団体等:【業務受託】山東保育園 和幸保育園
【助成】熊本県
〈問い合わせ先〉
植木町地域子育て支援センター TEL(096)272-0699


◆植木町地域子育て支援センター 村上さんのお話


植木町地域子育て支援セン
ター 村上さん
○「ばあちゃんち」に至った経緯は?
  平成13年度より子育て応援団事業が始まっており、そこでは食育を通した各種の取り組みが行われていました。平成16年頃にはそこでのノウハウが蓄積してきて、そろそろ外に持っていけるということで、もうひとつ活動の拠点となる空き家など適当な場所を探しておりました。
  そのような時に子育て応援団のメンバーから、一人暮らしをしているおばあちゃんの家を紹介していただきました。そこは、農地もあって、家も広いということでしたが、実際に住んでいるお宅を利用させていただくのは、難しいのではないかと当初考えておりました。
  そんな中で、おばあちゃんにご相談させていただいたところ、ひとりで暮らしているのは淋しいし、健康上の理由で入退院を繰り返していたこともあり、みんなに来てもらえるのは、うれしいということで、マッチングがうまくいきました。
  小さな細かい情報は行政にまで届きにくいものですが、近所でそういう紹介をしていただけたことから、「ばあちゃんち」がオープンできました。

○「ばあちゃんち」のコンセプトは?
  子育ては親の生き方・暮らし方そのもので、子育てだけを別に取り出して、何かするということはできないのではないか。だから、ここにはいつも生活があり、暮らしの中で子育てをしています。親の暮らし方が子育てに繋がるとすれば、全体的な暮らしのあり方をここで体験してもらえればと考えています。
  季節の移り変わりとともに農作業や食事内容・行事も変わっていきます。それぞれの体験を通して夏には夏の、冬には冬の生活の仕方を、地域の風土にあった生き方、暮らし方を学んでいきます。ここでは「地域の台所」ということで、農地を運営しながら、そこでできた大豆や小麦を納豆や豆腐にしたり、うどんや団子にしていく。伝統食や郷土料理、地産地消の意味を体験しながら学んでいきます。

○新しいコミュニティが生まれていますか?
  一般的なつどいの広場は、お母さん同士の居場所や仲間を作っていこうということですが、ここでは同世代だけでなく、異世代のいろんな方が集まって知り合い、つながりを作っています。また、子育て支援センターなどは平日だけの開設が多いですが、ここでは今年から土日も開設しております。これは、特にお父さんを対象にしています。お父さんが関われるイベントを意識的に開催して、子育ての輪に加わってもらうようにしています。おじいさんもおばあさんも含めて、地域に親しい人がたくさんいるのが、子どもが育つ環境だと考えています。

○地域全体の子育て力を上げるには?
  地域全体の子育て力を上げるには、個々の親の生活力を上げていく必要があると考えています。何かがなくなれば、生活できなくなるというのは、ものすごく不安定です。たとえ電気がこなくなっても子どもを養っていける、生活していける。物がない時代にはこういう生活をしていたという生活の仕組みがわかること。簡単な生活の原理がわかると生きていく自信が付いていくのではないでしょうか。たとえば、枝豆自体はみんな知っているけれども、枝豆のもとが大豆の若いものだということは、ほとんどのお母さんが知りません。ここでは、大豆を育てて、みんなで収穫して、枝豆をゆでて、食べる。1回でいいから体験があるだけで、自分の暮らしが根付いたものになっていく。生活というものの理屈や原理をわかっていくことが生きる自信につながり、生きる自信が親としての自信を育んでいくのではないかと考えています。

○地域のつながりを作るためには?
  地域や人と人とのつながり、コミュニティの促進が叫ばれていますが、一緒にいるだけでは、関係はできていかないと思います。一緒に作業をする、一緒に食事をする、といった共同性が地域の中でないと地域の関係性はなかなか生まれてこないものです。暮らしの体験を共有していくことで、地域の関係性が高まっていき、地域のつながりが生まれてくるではないかと考えています。


かまどでご飯炊き

枝豆の収穫

手打ちうどん作り

収穫した大豆で味噌作り


◆熊本県健康福祉部少子化対策課 小田課長補佐のお話


熊本県健康福祉部少子化対策課
小田課長補佐
○行政の関わりは?
  地域ぐるみの子育て支援を推進するため、平成13年度から子育て応援団事業を始めました。「ばあちゃんち」誕生のきっかけとなった山東地区子育て応援団が当事業の第1号となり、4年程支援して来ました。
  平成17年に「ばあちゃんち」が開設されてからは、地域の縁がわづくり事業で支援してきました。「地域の縁がわ」とは、誰もが気軽に集い、交流や福祉サービスを生み出していく地域の支え合い活動の拠点のことで、その拠点づくりのための施設の改修に係る経費を助成してきた経過があります。
 「ばあちゃんち」を支えているのが「かちゃりばんこ」と「にっこり座」という子育てサークルですが、子育てサークルの資質の向上や実践力の養成を図るため、子育てサークルリーダー研修を行っています。また、子育てサークルや子育て関係者がお互いに連携し、支援の輪を広げるために子育てネットワークフォーラムを開催するなど、直接的間接的に関わっています。
  ただ一番大切なことは、「ばあちゃんち」を支える関係者、地域住民、行政がどれだけ信頼関係をつくれるかであり、何回も現場に足を運び、直接現場の声を真摯に受け止めてきましたし、現在でも日常的に交流しております。
  現場としては、地域住民に「ばあちゃんち」の存在を知ってほしいとの声が多いため、「ばあちゃんち」自体の認知度を上げるための広報活動に力をいれてきました。県政情報誌、県政テレビなどには、何度も太田隈さんや地域の支援者に登場していただき、現在では全国各地から視察に来ている状況です。
 「ばあちゃんち」は、子育てに不安を抱える人や地域で孤立している人を救う憩いの場であり、それを支えている団体は地域社会を支える貴重な社会資源(人材)です。熊本県では「ばあちゃんち」以外にも各地でたくさんの子育て支援活動が行われていますが、その活動に社会的な信用力を付与していくのが行政の重要な役割だと思います。


◆「ばあちゃんち」を利用している住民の声


「ばあちゃんち」の縁側にて
 「ばあちゃんち」は、みんなが気軽に行けて、ゆったりとほっとできる場所だと思います。他の子育てサークルなどとは違って、赤ちゃんから年配の方までいろんな世代の人が集い、触れ合える事は、大切な事だと感じます。子ども達を遊ばせるだけでなく、農作物を植え、畑で泥まみれになって土に触れたりできるのもいい所です。その収穫物でかまどを使って伝統料理を作り、レシピを教わり、自然のおいしさを満喫できるのは他にはない事だと思います。実際におばあちゃんが住んでいて、いつ行っても「来たね〜来たね〜」と優しく声をかけて下さり、あたたかい空間に包まれるのも魅力です。


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