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| 鳥羽院山荘・脊振山麓習遊館 〜世代を越えた利用者の心に残る施設を目指して〜 |
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| ●自治体Data | ||||||||||||||||||||
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脊振村の人口は、昭和35年頃は約4千人あったものの、都市部への人口流出が進み、平成12年10月には1,900人を割り込んだ。人口の減少に比例して、児童数も減少が進み、本校分校全体で600人を超える時期もあったが、現在では121人となり、分校児童も両校で過去13人まで減少したこともあった(最大児童数:久保山分校80人、鳥羽院分校47人)。 平成7年度より村内23集落全てを巡回するスクール・コミュニティバスの運行を開始し、現在は児童・生徒は勿論、一般客も多く利用している。これまで、分校所在地域の小学4年生までの児童は分校に通学し、小学5年生から本校に通うことになっていたが、児童数の減少及びスクール・コミュニティバスの運行効果も重なり、128年続いた両分校も平成15年3月末に閉校に至った。 地域住民の閉校への抵抗感がある中で、地域住民自らが両分校校舎の今後の活用策について先進地事例を参考にし、協議を重ねた結果、地域住民が運営管理主体とする宿泊研修施設として、また新たな両地区活性化の核施設として、鳥羽院分校は「鳥羽院山荘」、久保山分校は「脊振山麓習遊館」という名称で新たな道を歩むこととなった。 住民主体による新発想の取り組み そもそも両地区については、住民相互のコミュニティ活動が積極的に取り組まれていた土地柄であったため、意欲ある地元住民がそれぞれの施設管理運営受託者となり活動がスタートした。分校の再活用策についても地域住民自らが自治体の考え方にとらわれない新たな発想のもと、地域色を活かした様々な取り組みがされている。利用者へのサービスは、施設充実はもとより各種体験型サービス、地元住民との交流を交えたサービス、自然環境を取り入れたサービスなど充実したサービス提供に努められている。さらに、各利用者の個々のニーズに対応できるよう地域住民の連携のもとその対応策が図られている。 また、両地区間の住民の間には、施設と地域の更なる活性化へ向けた情報交換会も行われており、互いの苦労や工夫、またリピーター確保への取り組みなど積極的な情報交換が行われている。 再び分校に明るい声が… 平成15年9月25日の開設以来、児童生徒のグループから社員研修など世代を越えた団体・個人が近隣市町村をはじめ遠方からも自然体験や交流体験等で利用され、大変好評を得ている。 最近では施設の立地環境の面から、中学校や高校の部活動合宿での利用も多くなってきており、児童生徒と父母、指導者が一体となった施設利用もされている。 施設のリピーターの団体を紹介すると、廃校前からの利用者で、交響楽団が夏季合宿として毎年利用されている。最終日には地元住民を招いての演奏会の開催も恒例の行事となった。演奏会後は地元住民との懇談会も催され、利用者と地域とのコミュニケーションが毎年図られている。 このように、各施設の地区では、施設利用者の元気な声が山間に響き渡り、地区全体の活性化に大きくつながっており、廃校前の明るく温かく活気のある雰囲気を取り戻すこととなった。 温もりが漂う施設にしたい 開設後一年が経過したが、昨今のスローフード・スローライフのブームも相成って都市部や平坦部の多くの住民が山間地に「やすらぎ」を求められていること、また地域住民による素朴で自然なもてなしが利用者を癒すことができることが実感できた。 これからの課題として施設所在両地区の住民相互の連携を深め、年間を通した施設利用者受入れ体制の確立、四季を活かした体験サービスメニューの創造や、地域が一帯となった運営体制を確立する必要がある。 大自然に囲まれた環境と年輪を重ねた木造校舎で、子供達が学んでいた頃の温もりが漂う「学び舎」を活用したことにより、世代を越えた多くの利用者に「大自然の中で自由に何かを感じられる施設」として、体感してもらいたい。そしてさらに「利用者の心に届く施設」として個性あるサービス提供を目標としたい。
自治体Data
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